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枯葉の髪飾りCCⅩⅧ [枯葉の髪飾り 8 創作]

 その足で、拙生は吉岡佳世の眠る寺へと向かうのでありました。吉岡佳世の居なくなってしまった部屋の寒々とした様子に圧倒された拙生は、寺の納骨壇に彼女の温もりを求めているのでありましたが、しかしもうこの世から去った吉岡佳世の「温もり」と云うのも、なんとも妙な云い方には違いありませんが。・・・
 拙生は納骨壇に向かうと、例によって万年筆を彼女の微笑んでいる写真の前に置くのでありました。お前の部屋はもうお前の部屋じゃなくなっていたぞと、拙生は声を出さずに写真に報告するのでありました。すると写真の前の万年筆が身震いするように少し動いたような気がするのでありました。
<あの部屋はね、本当にもう、あたしの部屋じゃないとよ>
 写真の吉岡佳世が云うのでありました。その声は耳を経由しないで、直接拙生の眼球の奥の方に電気が閃くように伝わるのでありました。
<前と殆どなにも、変わっとらんとにね>
 拙生はそう口を開くことなく云って、写真に首を傾げて見せるのでありました。
<ううん、もうあの中に在るものは、すっかり魂の抜けてしもうたものばかりやもん>
<寂しかもんけん、お前があの世に、魂ば全部一緒に連れて行ったとやろう?>
<ううん、そういうわけじゃないとやけど、あたしが好きだったものが、あたしが求めたわけでもないとやけど、あたしについて来てくれたと>
<そんなら、オイが一番最初に、そっちについて行かんばならんやったとに>
<人間は、別さ>
<そう云えば確かに、人が死んだらその人が大事にしとった花とかが枯れたり、飼っていた金魚が死んだりとか、時々聞くことのあるけど、詰まりそう云うことや?>
<そうね、まあ、そんな感じ。本当は生き物にはそう云うのが、適応されんことになっとるとやけどね。その辺は色々細かいルールのあると>
<へえ、ルールのあるとか、色々>
 拙生が云うと写真の吉岡佳世が微かに頷くのでありました。
<そいでもお前の部屋の、急に前とあんなに違う感じになってしもうたら、なんかひどう悲しゅうなってしまうやっか>
<でも、そうじゃなかったら、こっちに残った人の悲しさが、何時まで経ってもなかなか癒えんやろう。早う諦めばつけて、忘れて、落ち着いて貰うためには、その方が良かけん、そがんなっとると>
<へえ、そう云うもんかね>
 拙生はほんの少し頷くのでありました。<ばってん、オイはお前のことば、何時までも何時までも忘れんけんね、絶対に>
 拙生がそう云うと、写真の吉岡佳世はなにも云わずにただ微笑んでいる儘なのでありました。それは拙生の痛手も、その内に必ず癒えると写真の彼女が考えているためであろうと思うのでありました。なんとなく拙生はそう考えられているようなのが小癪で、写真に向かって口を尖らせて見せるのでありました。
(続)
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