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枯葉の髪飾りCCⅩⅤ [枯葉の髪飾り 8 創作]

「お寺の壇に、この頃何時も花ば供えてくれとるとは、井渕君やろう?」
 彼女のお母さんは自分はコップに注いだ麦茶を飲みながら聞くのでありました。
「はい、オイ、いや僕の仕業です」
「なんかしょっちゅうお参りに来てくれとるみたいで、有難うね」
「いやあ、ちんけな花ば持ってきて、勝手に花立てば占領して申しわけなかとばってん」
「とんでもなか、有難うね、本当に」
 彼女のお母さんは麦茶のコップを下に置いて拙生に頭を下げるのでありました。「屹度あの子も、井渕君が来てくれるとが、一番嬉しかやろうけん」
 彼女のお母さんはそう云いながら少し涙ぐむのでありました。拙生はその言葉にどう返してよいのか迷って、浅く一礼するのでありました。いや拙生なんかよりも家族の来訪の方が彼女は嬉しいに決まっていると、そんな風の言葉の遣り取りを拙生が敢えてここで彼女のお母さんと交わしあうのも、まったく以って間抜けな絵でありましょうから。
「肺の悪性腫瘍が原因で、亡くなったわけじゃなかとよ、あの子は」
 彼女のお母さんは急に吉岡佳世が死に至った原因を話し出すのでありました。「直接の死因は肺炎て云うことになるとばってん、肺癌はそがん進行しとったわけじゃなかと。あの子の肺自体がひどう弱っとって、ちょっとした菌にすぐ感染するごとなっとって、肺炎の治りかけたて思うたら、またすぐぶり返してしまうて云うとが続いたと。それで段々衰弱して、仕舞いには心臓の機能もおかしゅうなるし、心臓ば処置したら今度は腎臓のおかしゅうなるしで、手のつけられんような状態やったとよ」
「ああ、そうですか・・・」
 拙生はそう云って頷くだけでありました。
「意識も最後の方は朦朧としてきて、喉から妙な音ば出しながら昏睡して仕舞うたと。それまでは、話しかけたらちゃんと笑うてみたり、首ば振ってうんとか嫌々とか、しよったとばってんね。もう点滴でしか栄養も摂れんで、顔からみるみる肉の削げてしもうてね」
 拙生は聞いていられなくなって、顔を顰めて項垂れるのでありました。彼女のお母さんがどうして唐突に彼女の死因を拙生に語り出したのか、その真意がうまく掴めずに拙生は居心地悪く座っているのでありました。
「そいでもね」
 彼女のお母さんは続けるのでありました。「井渕君が夏休みに帰って来るけん、そいまで頑張らんばて耳元で云うぎんたね、その言葉にはあの子はちゃんと反応するとさ、意識のほとんどなかくせに。喉のゼーゼー云う音の急に止まって、なんか自分で呼吸ば調えようてしよるように見えると。もう吃驚したし、あたしはなんかそのあの子の反応の嬉しゅうして、井渕君の名前ば呪文のごとずうっと唱えてやっとれば、ひょっとしたら、恢復するとやなかろうかて思うたくらいよ。井渕君の名前には、何時も必ずあの子はそがん反応ばすると。最後の望みの綱は、井渕君の名前ば耳元で云うてやることやったとよ」
 彼女のお母さんはそう云って拙生に笑いかけるのでありましたが、その笑い顔は強張っていて、寧ろ悲痛な表情に見えるのでありました。
(続)
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