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枯葉の髪飾りCCⅩ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 拙生は背の高い方の反撃に対して先制するために、足を彼に向かってすぐさま蹴上げるのでありました。それは狙いを違うことなく彼の股間に命中するのでありました。彼は声を出そうとしてその声を吐き出せなかったため頬を膨らませて、身を屈して目を剥くのでありました。被っていたヘルメットが頭からずれて彼の見開かれた片目を隠すのでありました。彼は股間を抑えて崩れるようにその場にへたりこんで、呻き声を上げるのでありました。最初に殴り倒した小柄の方が騒ぎ出すと拙いので、倒れて呻いているこちらには腹部に膝をもう一撃落としてから、拙生はその場を走り去るのでありました。まだビラ配りのヘルメットがうようよと居る駅へ戻って、急いで改札を抜けると拙生はホームに向かう階段を駆け上がるのでありましたが、折り良くすぐに電車が来たので拙生はそれに跳び乗るのでありました。
 暫くドアの辺りに立って窓の外を見ながら息を調えてから、拙生は横の座席に腰を下ろすのでありました。詰まらない真似をしたと先ず思うのでありましたが、しかし半面久しぶりの運動に拙生の体の細胞と云う細胞が、多少の興奮を伴った活性反応を起こしているのが判るのでありました。吉岡佳世の葬儀の後東京に戻って以来、久し振りに感じる感奮であり、それが嫌に心地良いのでありました。しかし仕出かしたことがあまり褒められたことではないだけに、拙生の体の中で罪悪感と高揚感とが両方、暫く不思議な律動で電車の揺れに呼応するように波打っているのでありました。
 アパートに帰り着くと吉岡佳世のお父さんから手紙が来ているのでありました。彼女の納骨が済んだ旨を知らせる手紙でありました。葬儀の直後には会葬御礼として過分の交通費を同封した手紙が来たのでありましたが、こうやって態々その後の経過も知らせてくれる彼女のお父さんの心馳せを、拙生としては有難いことだと思うのでありました。
 彼女の遺骨は後々、彼女のお父さんが老後を過ごすために帰るであろう岡山に改葬する積りであるため、佐世保に墓を築くことなく寺の納骨堂に安置したと云うことでありました。その寺は彼女の葬儀が執り行われた葬祭場から近い所に在る、拙生も見知っている古い寺院でありましたから、あの寺の中に彼女は今居るのかと思うと拙生は、妙なものではありますがなんとなくほっとした気分になるのでありました。戸外の雨曝しの冷たい石の下に眠るよりは、屋根と壁に囲われた寺の納骨堂の方が、勿論もう骨となった彼女に感覚と云うものはないのではありますが、暑さ寒さも凌げそうな気がして、拙生としても意味のないものではあいりましょうが安心するのでありました。
 吉岡佳世の居場所が決まったと云う知らせが、拙生に佐世保に帰る気を起こさせるのでありました。言葉も表情も、視力も皮膚の感覚も総てもう失くしてしまった彼女ではありますが、それでもひょっとしたらこれでやっと落ち着いて、拙生に逢いたがっているかも知れないとふと思ったからでありました。いや寧ろ彼女が拙生に逢いたがっていると云うよりは、拙生が彼女に逢いたいのでありました。もう麗しい彼女の姿を見ることは決して出来ないのは事実であります。しかしそれでも彼女の痕跡の傍に戻りたいと拙生は思うのでありました。今となっては、彼女のこの世に生きた痕跡が拙生に残された唯一の彼女なのでありましたから。
(続)
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