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枯葉の髪飾りCCⅧ [枯葉の髪飾り 7 創作]

「はあ? まあ、名前だけは」
 拙生はそう応えるのでありました。彼はその後扶桑の高名な左翼思想家や詩人、それに隣の国の政治家の名前を持ち出すのでありました。拙生は自分にとんと縁のないそんな人達の名前を急に列挙されても、ただ困惑するだけしかないのでありました。拙生がその人達の名前を聞いただけで畏れ入ると云う風もないし、それに捗々しい反応も示さないでいるものだから、彼は少し失望の色をその目に湛えるのでありました。
「今、大学の抑圧的な学生管理の策謀が、我々の権利や学問の自由なんかを危機的な状況に陥れているわけだよねえ。その端的な現れが今回の学費値上げの策謀だとするなら、自分の自由のためにも、君も反対の声を上げるべきじゃないかと思うけど、どうかな?」
「はあ・・・」
「今は閉ざされた場で、与えられた本だけを読んで、満足している状況じゃないんじゃないかな。自分の身に迫って来る危機に目をつぶったまま、何も声を上げないことは自滅行為と云うものだし。我々は閉ざされた場から出て、もっと多くのリアルな抑圧の現場と、敵の正体をちゃんと見ないといけないんじゃないかな」
「はあ・・・」
 拙生がなかなか思わしい反応を示さないものだから、彼はその後もなにやら聞き慣れない言葉を列挙して色々とまくしたてるのでありました。
「要は、一緒に大学のバリケードの中に入らないかと、勧誘しているわけですね?」
「まあ、大雑把にはその理解でいいよ。勧誘と云う云い方は、少し違ってるけど」
「折角ですがお断りします」
 拙生はきっぱりと云うのでありました。「なんか貴方の話は一方的過ぎるし、硬直しているような気がしますから」
 そう云った後、拙生はこんなこと云わなければ良かったとすぐに後悔するのでありました。反発するのは、結局相手の話のペースにうっかり乗ることになるような気がしたのでありました。
「まあ、待って。ちょっとその辺でお茶でも飲みながら、もっとじっくり話をしないか?」
 彼は拙生の顔の前に掌を上げて見せるのでありました。面倒臭いことになったと思って拙生は用があるからそれも断ると云って、駅の改札口を入ろうとするのでありました。すると拙生と話していた小柄な男の横で、終始黙った儘で立っていた背の高い方が拙生の前に立ちはだかるのでありました。
「そんなこと云わないで、ちょっとの時間だからつきあえよ」
 拙生は、そう云って拙生を見下ろしている男を睨むのでありました。こんな人混みの中で、しかも男達の仲間が大勢居る前でごたごたを起こすのも得策ではないから、拙生は体の向きを変えてその場から立ち去ろうとするのでありました。
 道を早足に歩く拙生に彼等はどこまでもついて来るのでありました。拙生はふり切ろうとして路地を曲がったのでありますがこれが失敗でありました。路地は行き止まりになっていたのでありました。
(続)
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