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枯葉の髪飾りCCⅥ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 こんな単に息をしているだけのような東京での拙生の生活態度を、吉岡佳世は屹度喜ばないだろうなあとも考えてみるのでありました。しかしもうこの世には居ない彼女の意思を勝手に措定して、それにかこつけて自分の自堕落を戒めると云ったまるで向日葵の花のように健全な思考は、その時の拙生には寧ろ白々しく思えるのでありました。遥か前方に向かおうとする健康な視力を拙生の眼球は未だ持てないでいるのでありましたし、彼女がもうこの世に居ないと云う冷厳な事実そのものが、巨大な重しのように拙生の首を抑えつけていて、拙生の視線を暫くの間は上に向けさせてはくれないようでありました。
 ほんの些細な用があって拙生は珍しく午前中に布団を抜け出して、久しぶりに大学に行ってみるのでありました。もう夏休みに入った大学は人の姿も疎らであろうと思っていたのでありましたが、門の前には学内に人が入るのを阻止するように、ヘルメットを被ってタオルで顔を隠した多くの学生達が学費値上げ反対と大書した横断幕と、赤い旗を掲げて座りこんでいるのでありました。それを幾人かの機敏に動くスーツ姿の人間や警備員と思しき制服の人間が、まるでそのヘルメットの学生達の動きを監視するように遠巻きにしているのでありました。そこに漂う緊張感に拙生は思わず目を釘づけるのでありました。
 これでは学内に入ることが出来そうにないと拙生は考えるのでありました。まあ、拙生の用と云うのは差し迫ったものではなかったし、すっぽかしても後で容易に取り繕うことの出来る事柄だったので、ここを敢えて学内に立ち入ることもなかったのでありました。しかし拙生はどうしたものかほんの気紛れを起こして、ヘルメットの学生達の方へ歩き向かうのでありました。
 すると門に到達する前に、スーツを着た鋭い眼光の屈強な体躯の男に呼び止められるのでありました。拙生が足を止めて彼の方を見ると、彼は近寄って来て拙生の前に掌を出して拙生の歩行を阻止しながら、この大学の学生かと問うのでありました。拙生が頷くと学内になにか用があるのかと、質問を重ねるのでありました。拙生は呼び出されて、学部の事務局に行こうとしている旨告げるのでありました。
「こんな状態だから、今日は学内には入れないよ」
 彼がそう云いながら拙生の顔や姿を見まわすのは、拙生が一般の学生なのか、それともヘルメットの学生達と関係がある者なのかを見定めようとしてのことでありましょう。
「一日中、入れないんですか、今日は?」
 拙生は彼にそう聞くのでありました。
「無理だね。本館の入り口はバリケード封鎖しているようだし、第一、事務の人は退去してしまってるだろう。中に誰も居ないよ、大学当局の人間は」
「困ったな」
 拙生は別にそう困ることもなかったのでありましたが、行きがかりからそう云って口を尖らすのでありました。
「学生の排除に時間がかかるし、事務局も教室も荒らされているだろうから、今日だけじゃなくて、当分の間学内には立ち入れないと思うけどね、一般の学生は」
 そう云う彼の目は拙生の応答の様子をじっと観察しているのでありました。
(続)
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