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枯葉の髪飾りCCⅤ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 東京に戻った拙生は萎れた風船のように無気力に日々を送っているのでありました。なにをするのももの憂くて前期試験のために大学に行く以外は、ほとんどアパートの部屋に閉じ籠もっているのでありました。部屋では特に試験勉強をするわけでもなく殆ど寝転がって天井の染みを眺めていたり、時々机の上の吉岡佳世の写真を長い時間見つめたり、ラジオをつけっ放しにしているのは寂しさを紛らわすためで、そこから流れてくる音楽に聞き入っているのではないのでありました。
 吉岡佳世のことは考えまいとしてもついつい、頭に真っ先に浮かんでくるのでありました。確かに彼女の面影を追っていると切なくて遣り切れなくなるのではありましたが、しかし半面思い出の中で彼女と再会することは、拙生の秘かな楽しみにもなっているのでありました。当面、吉岡佳世を失った痛苦を癒すものが拙生には他になにもなかったのでありましたから。
 彼女との思い出を徒然に追っていると時々現実に彼女との間にあったことと、風邪を拗らせて臥せっている時に見た夢の場面とが取り紛れることがあるのでありました。夢の方により切迫感があるように感じられるのは、遠慮とか怖気のために現実には彼女に対して表出出来なかった拙生の感情と云うものが、より濃縮されて生にそこに現れためでありましょうか。つまり意識無意識に関わらず、拙生が吉岡佳世に対して持っていた遠慮や怖気がどう云うものであったのか、一端はそれで判るような気がするのでありました。それは取りもなおさず、拙生の中に形成された吉岡佳世の像の輪郭をより鮮明にする作業でもありましょうが、しかしそのためにはもっと綿密で冷静な考察と時間を必要とするでありましょう。拙生は暫くの間は、そんな気にはとてもなれないのでありました。吉岡佳世の面影の濃さが未だ当分、拙生に感情の制御をさせてはくれないでありましょうし。
 大学で友人達が拙生と顔をあわせても、拙生からは以前の気安さが消えてしまっていたことでありましょう。彼等は当日の試験の終わった開放感から、拙生を昼食や夕食に誘ってくれたりするのでありましたが、拙生が明日以降も試験が残っているからと彼等の誘いを断るのは、なんとなく彼等と戯言を云いあったりふざけたりすることが大儀に思えるからでありました。勿論彼等にはなんの落ち度もないのでありまして、拙生の友好的ならざる態度は偏に拙生の疲労感や虚脱感に起因するのでありました。
 前期試験が終わると大学は八月九月と二ヶ月間の夏休みに入るのでありました。拙生は吉岡佳世が拙生をもう待ってくれてはいない佐世保に帰る気力も湧かずに、相変わらず東京のアパートの部屋に閉じ籠もって茹だるような暑さをのみ友としているのでありました。病気でもないのに矢鱈に体が気だるくて動く元気も出ない儘、日に一度だけ、空腹に耐えかねて仕方なく駅前の商店街辺りに食事に出かけるのが、せめてもの動作と云う風でありました。その折インスタントラーメンとか菓子パンとかを買い求めて、それは次の日の昼の食糧となるのでありました。
 拙生は佐世保に帰る気力はないくせに、かと云ってこの儘東京に居る意味も見出せないのでありました。だらだらとただ時間の経過をやり過ごすような生活をするために、拙生は東京に出てきたのではないはずでありました。それは判っているのでありました。
(続)
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