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枯葉の髪飾りCCⅢ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 拙生は天邪鬼に、仕方のない用であるのはそれはそれで認めるが、その用が済んだならさっさと東京に戻って大学生としての自分の本分を尽くせと、母親になにやらしごく冷めた小言を仄めかされているような気が一瞬して、少々この手配に苛立つのでありました。しかし勿論、母親にそんな積りなど更々ないことは承知しているのでありました。拙生の都合を慮ったための気配りであって何の他意も母親にはないのであります。拙生の苛立ちはその時の拙生の、不安定で過敏になっている特殊な情緒に起因しているのでありました。それに吉岡佳世の葬儀が済んだ後にこの地に暫く止まっていても、それは拙生にとっては悲しみを増幅させるだけでしかないのでありますから。拙生が母親の配慮に対して云った礼の口調には、どこか無用な陰翳があったろうと思うのでありましたが、拙生はそれを口に出したすぐ端から母親に対して申しわけないとも思うのでありました。
 明けた次の日の午前中に、通夜のあった葬祭場の同じ部屋で吉岡佳世の告別式は取り行われるのでありました。通夜の時よりも多くの参列者があって、そこには隅田と安田、それに島田の顔も在るのでありました。他に坂下先生や吉岡佳世の今度のクラスの担任の姿も、先に拙生等と一緒に卒業した幾人かの女子の同窓生や、拙生にとっては下級生に当たる今度の彼女のクラスの同級生の姿も一人二人見受けられるのでありました。
 拙生が屹度憔悴した顔をしていたからでありましょうが、葬儀の最中、彼等と同じ位置で参列している拙生に、隅田も安田も一言二言声をかけるだけで久し振りの対面を懐かしがったり、前のように冗談口調で喋ったり等は勿論一切しないのでありました。拙生は重苦しい雰囲気を湛えた儘で彼等とは孤立するように、そこにじっと座っているのでありました。
 読経が終わって僧侶が退出すると吉岡佳世の横たわっている棺の蓋が開けられて、もう既に白菊に埋もれている彼女の上に、尚も多くの菊花が添えられるのでありました。それからその菊花の上に、彼女の馴染みの幾つかの品が載せられるのでありました。
「井渕君、本当に申しわけなかことやけど、この写真も、中に入れてよかやろうか?」
 彼女のお母さんが棺を取り巻く人の中に紛れていた拙生を見つけて、そう聞くのでありました。お母さんの手には拙生と彼女が顔を寄せあって、公園の銀杏の木の下で映っている写真が握られているのでありました。
 それは彼女が写真立ての写真とは別に、何時も肌身離さず身につけていた写真であったから、彼女のお母さんは棺の中に入れたかったのだろうと拙生は推察するのでありました。しかし拙生の映った写真を荼毘にふすことを拙生が忌むかも知れないと危惧して、彼女のお母さんはそう拙生に質したのでありましょう。拙生には勿論何の抵抗もないのでありました。寧ろ彼女がどんなに遠くへ行ってしまうとしても、拙生の写真を一緒に連れて行ってくれるのなら、それこそ本望と云うものでありました。拙生は屹度そうして欲しいと思ったから、お願いしますと云って一礼するのでありました。
「ご免ね、井渕君」
 彼女のお母さんはそう云いながら写真を菊花の上に静かに置くのでありました。その写真は彼女の他の幾つかの所縁の品と一緒に、花叢の中に紛れるのでありました。
(続)
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