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枯葉の髪飾りCCⅡ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 一緒に立ち上がった吉岡佳世の家族に拙生は深々と一礼して、通夜の取り行われた部屋を出るのでありました。葬祭場の受付に借りていた黒いネクタイを返却して外に出ると、小雨がパラついているのでありました。拙生は濡れながら最寄りのバス停まで歩くのでありましたが、梅雨時だと云うのに振りかかる雨がやけに冷たく感じられるのでありました。
 雨粒を顔に受けながら、そう云えば吉岡佳世と外で逢う日は、雨や雪に祟られたことは一度もなかったと思うのでありました。いや実際はそんなこともあったかも知れないのでありますが、拙生の記憶が不確かなめに、雨や雪の中で傘をさして二人で公園や街中を歩いた場面がその時には思い浮かばないのでありました。
 バス停でバスを待つ間拙生はぼんやりと、夜の闇を流れる車のヘッドライトの光を見ているのでありました。そうして出し抜けに、学校最寄りのバス停で彼女と待ちあわせて帰る時に一度、雨にふられたことがあったことを思い出すでありました。二人夫々が傘をさして手を繋いでいると傘から出ている手が濡れるからと、吉岡佳世は自分の傘を畳んで拙生の傘の中に入るのでありました。彼女は傘を持っている拙生の腕にカバンを持たない方の手を絡めて体を寄せます。拙生は彼女の体が接触している腕や腰から伝わるその存在感に圧倒されているのでありました。しかし当然云い知れぬ幸福感にも酔っているのでありました。何時までもこうしていたいと思うのでありましたが、非情にも間もなくバスがやって来て二人の密着を引き離すのでありました。
 拙生にとっては吉岡佳世とつきあい始めてすぐの頃の、なんと云うこともない彼女との思い出の一つで、今まで頭の中に像を結ぶことが殆どなかった光景でありました。今後暫くの間、こういった彼女とのほんの些細な場面の数々を、ふとした拍子に思い出すのかも知れません。それは好ましいことのようでもあるし、身を引き裂かれるくらい遣る瀬ないことのようでもありました。
 不意に雨粒が拙生の目に入って拙生は反射的に目を閉じるのでありました。恐る恐る開いた拙生の瞼の間から、入った雨粒が涙のように頬に零れ落ちるのでありました。
 家に帰り着いた拙生に母親が食事は要るのかと問うのでありました。拙生はそう聞かれて急に空腹を覚えるのでありました。拙生に食事を供しながら母親は誰の葬儀だったのかと尋ねるのでありましたが、拙生が吉岡佳世の名を云うと母親は一瞬怪訝な表情をするのでありました。高校時代にごく親しくしていた友人の葬儀であろうと推察していたのに、拙生の口から女子の名前が出たために不意を突かれたような気がした故でありましょう。さして深いつきあいのあったわけでもないであろう同級生の女子の葬儀に、どうして拙生が態々万難を排するような態で列席しなければならないのか、母親には屹度うまく理解出来なかったのであります。拙生が吉岡佳世とのつきあいを、全く親に秘していたのでありましたからそれは仕方ないのでありました。しかし拙生が疲労のために気難しげな顔をしているのに遠慮して、母親はそれ以上事情を追求するような質問はしないのでありました。
 それに気を利かせて、明後日の午後に福岡から羽田に向かう飛行機の座席を取っておいたと知らせてくれるのでありました。葬儀の日時が判らないながら、もし都合が悪いのならキャンセルすれば済むと、取り敢えず手配してくれていたのでありました。
(続)
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