SSブログ

枯葉の髪飾りCCⅠ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 弔問客を送り出した後は、拙生と吉岡佳世の家族だけが祭壇の前に残されるのでありましたが、人の気配が失せた部屋の中は、急にもの寂しい空気に支配されてしまうのでありました。彼女のお兄さんは部屋に散らばっている座布団を片づけてから、読経の間、隅に置かれていたテーブルをまた部屋の中央に出すのでありました。
「井渕君、こっちに来てお茶でも飲まんや」
 拙生に彼女のお兄さんが声をかけるのでありました。
「はい、有難うございます」
 拙生はそう云って立ち上がると祭壇の前を離れて、テーブルの方へ移動するのでありました。拙生が座ると彼女のお母さんがお茶を入れてくれます。
「井渕君、お腹の減っとらんね?」
 彼女のお母さんは湯気の立ち上る湯呑を拙生の前に置いて、拙生の顔を覗きこむようにしながら尋ねるのでありました。
「いや、大丈夫です」
 拙生は一礼してからそう云うのでありました。
「斎場に云えば、お寿司かなんか出前ばとってくれるとやけど」
「いや、ここに来る前に腹に入れて来ましたけん、本当に大丈夫です」
「東京から急に帰って来るのは、大変だっただろう?」
 彼女のお父さんがそう労わってくれるのでありました。
「いや、時間はかかったばってん、そがん大変て云う程ではなかったです」
「大学は、ぼちぼち前期試験が始まる頃じゃないのかな。そんな時期に本当に申しわけなかったねえ、態々こっちまで来て貰って」
 拙生はいやあと云いながら顔の前で手を二三度ふって見せるのでありました。
 少しの間会話が途切れるのでありました。拙生は誰もが言葉を口に仕舞った儘の状態に焦れて、ついうっかり吉岡佳世の最後の様子を聞こうとするのでありましたが、それは彼女の家族の、まだ生々しい辛苦の感情を波立たせることになるだろうとすぐに思いなおして、口から出そうになった言葉を飲みこむのでありました。それに拙生にしても、吉岡佳世の最後の様子などを聞いたら、また取り乱して醜態を晒してしまうかも知れませんし。
「今日はこれから、どがんされるとですか?」
 拙生は結局そんな言葉を唇の先に上せるのでありました。
「うん、誰かここに居って、線香は絶やさんようにせんばならんけん、オイ達は朝までこの部屋に残っとる。まあ、交代で家に帰って、休息とか着替えとかするやろうばってん」
 彼女のお兄さんがそう云うのでありました。
「そしたら、オイ、いや僕はこれで今日は帰って、明日の告別式にまた来ますけん」
 拙生は四月以降彼女の傍から離れていた、罪滅ぼしになんか今更なりはしないのでありますが、それでもせめてこの夜くらいは吉岡佳世の傍にずっとつき添って居たいとも思うのでありましたが、しかし彼女の家族でもない拙生がここに居残るのは、屹度出過ぎた行為と云うものでありましょう。拙生はテーブルに手をついて立ち上がるのでありました。
(続)
nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。