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枯葉の髪飾りCⅩCⅤ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 翌朝、博多まで辿り着いて拙生は漸く安堵するのでありました。博多から佐世保まではもう目と鼻の先であります。佐世保に到着するのは、早ければ昼頃と云うことになるでありましょう。前途の目当てがついたものでありますから、拙生は博多駅を一旦出て、何処かで食事でも摂ろうかと思うのでありましたが、一向に空腹を感じないのでありました。むしろ今の自分の体は食事を受けつけないかも知れないと思い直して、佐世保行きの特急みどり号の発着するホームへと、その儘向かうのでありました。
 みどり号の車中では気が緩んだためか座席に腰を下ろした途端寝入ってしまって、早岐駅を列車が出るまで目を覚まさないのでありました。早岐駅はスイッチ・バック方式の駅のため列車はここから反対方向に進むのでありますが、拙生が目を覚ましたのは列車の揺れ方が変わったせいでありましょうか。四月に吉岡佳世と佐世保駅で別れた時に、あまりの寂しさに拙生は乗っていたさくら号をこの早岐駅で降りてしまおうかと、半ば本気で考えたことを思い出すのでありました。
 愈々佐世保駅が間近に迫ってくると、佐世保で吉岡佳世と二人で過ごした色々な場面が、考えまいとしても頭の中に蘇ってくるのでありました。彼女の身になにもなかったなら、彼女の待つ佐世保に帰るのでありますから、拙生の気分は高揚する筈でありました。しかし逆に佐世保駅が近付くにつれて、拙生は気持ちが落ち沈んでいくのでありました。
 拙生はこうして佐世保に帰ってきたことを、今頃後悔しているのでありました。なにやら強い義務感のようなものに唆されるようにこうして佐世保に戻ったのではありましたが、吉岡佳世がもう居ないこの街に戻るどんな意味が拙生にあると云うのでありましょうか。拙生は数分後に佐世保に降り立つことが、苦痛に思えてくるのでありました。
 しかし当たり前のこととして、容赦なく列車は終点の佐世保駅のホームに速度を緩めて滑りこむと、一度大きく揺れてから総ての動作を停止させるのでありました。列車を降りてホームを歩く拙生の足取りは重く、片手に持った旅行カバンに足を取られそうになりながら、改札口へ向かう人の群れの最後尾をよろよろとついて歩くのでありました。
 まだ吉岡佳世の通夜の時間までには間があるのでありました。拙生は駅を出るとそのままゆっくりと、四ヶ町のアーケードまで歩くのでありました。どんよりと曇った梅雨空の厚い雲に切れ目があって、そこから一瞬夏の日差しが拙生の全身に差すのでありました。項垂れて歩く拙生の影が道に現れるのでありました。
 四ヶ町アーケードを歩いていて白十字パーラーを見つけると、拙生はふと気紛れのように立ち止ってから、店に入る階段を上がっているのでありました。急に空腹を感じたと云うわけでもなく、食事を摂ろうと云う考えすらそれまで全くなかったのでありましたが、拙生が白十字パーラーに入ったのは、そこが以前に吉岡佳世と昼食を摂ったことのある店だったからでありました。
 店の扉を開けて、拙生は吉岡佳世の面影を店の中に見つけようとしようするのでありました。と云ったって、店の中に彼女の名残が在るはずもないのでありますが、拙生は彼女の死をはっきりと確認する前に、云ってみれば束の間の執行猶予のように、彼女の食事する生き生きとした表情をその店で思い出そうとしているのでありました。
(続)
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