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「刎頸の交わり」のはなしⅣ [本の事、批評など 雑文]

 確かにウチの高校の三年生は呑気な連中が多いのでありました。受験生としての自覚が少しばかり欠落しているのではなかろうかと、二年生の拙生が、しかも呑気にかけては人後に落ちない拙生が、自分の周りに居る三年生を見てそう心配するのでありました。「君は大学受験はするとか?」彼は拙生に聞くのでありました。「もしそうなら未だ二年生けんそがん切羽詰まった感じはなかやろうけど、そいでもぼつぼつ、もう受験勉強は始めとるとやろう?」「いやあ、まあだ先の話けん、全然」とそう応える拙生に、我が校の三年生を心配する資格などは全く以ってないわけでありますが。
 不躾かとは思うのでありましたが「何処の大学ば受験されるとですか?」と拙生は彼に聞くのでありました。彼は東京の某有名大学の理工学部と応えるのでありました。「へえ、すごかですねえ。そんなら勉強の大変かとでしょうねえ」「本心はオイは文学部に行きたかとやけどね」「え、文学部ですか?」「うん、本当はオイは詩ば書きたかと」「詩、ですか?」拙生は意外な話の展開に少々興味をそそられるのでありました。「そう、詩ば勉強したかと。ばってん親も先生も将来の就職とかば考えて理系にせろて煩かけん、仕方なしに理工学部ば受験することになったと」「理工学部の方が難しかとやなかですか?」「うん、オイは物理とか化学とかは苦手けん、大変かぞ」「そいでもレベルに達しとるけん、受験することにしたとでしょう?」「いやあ、どうかね。一応滑り止めに同じ大学の文学部も受けるけど、内心は理工学部に落ちて、文学部に入ればよかて思うとるとけど」「他の大学の理工学部よりは、その大学の文学部の方が有名かけん、そうしたら先生とか親とかも納得させた上で、文学部に行けるかも知れんですね」「うん、そんなら親には悪かばってん万々歳やけど」「内心は文系志望て云うことになるとですね」「君は漠然とくらいは、どがん方面ば受験したかては考えとるとやろう?」「取り立ててなかですね。まあ、数学はからっきいし出来んけん、文系の学部になるて思うけど、文学部でも経済学部でも法学部でも、入れてくれるところのあるなら、何処でもよかとです」「ふうん、そうか。まあ、未だ切迫感はなかかも知れんけど、頑張れよ」と彼は拙生の志の低い返答にそれ以上の話の進展を憚ったようで、そう云って受験の話を切り上げるのでありました。未だ、バスは来そうにないのでありました。
 それ以後も彼とはお互い目礼に多少の親しみは以前よりは多く籠めはするものの、相変わらず少し離れたバス待ち位置を夫々保守したまま、言葉を交わすこともないのでありました。彼は目論見通りその大学の文学部へ進学したのでありましょうか。拙生の方は志望通り(!)彼に遅れること恐らく一年、某大学の文系学部へと進学したのでありました。この拙生と彼との交流はさしずめ「刎頸の交わり」ならぬ「文系の交わり」でありましょうかな。いや、まことに以て仕様もない駄洒落で申しわけない限りであります。
 確かに「刎頸の交わり」「管鮑の交わり」もそれは感動的で濃密で清冽ではあるものの、実生活の上の話となるとそう云った格調高い「交わり」と云うものは、かなりな程度に重苦しくて骨の折れる代ものかも知れません。ずぼらの国からずぼら教を布教しに来たような拙生としては、拙生の「文系の交わり」のような淡い「交わり」の方が肩も凝らなくて結構だと遂々考えてしまうのであります。それに淡くはあっても、その情景は何時までも何時までも、頭の片隅に懐かしい記憶として残っているもののようでありますから。
(了)
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