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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩⅡ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 校舎の出入口で拙生を睨んでいるのは、大和田でありました。明るい外を背にして立っているために、大和田の表情は、窺えないのでありました。体の輪郭も黒く滲んで、見えているのでありました。「なんで走りよっとか?」大和田が、聞くのでありました。その口調がなにやら拙生の必死な走駆を、嘲笑っているように、聞こえるのでありました。拙生は彼を強烈に殴り倒して、校舎を出なければならないと、咄嗟に思うのでありました。
 有効な打撃を打てる、充分な距離まで走り寄って、拙生は右の拳を大和田に、突き出すのでありました。拙生の拳は、大和田の鼻を、歪ませるのでありました。大和田は後ろに倒れて、蹲るのでありました。
 暫くの間大和田は、動かないのでありました。ようやく顔だけを上げた大和田は拙生を、睨むのでありました。その鼻から血が、噴き出しているのでありました。「お前のパンチは、欠陥品ぞ」と大和田は、云うのでありました。彼を昏倒させ、鼻から鮮血を噴き出させた拙生の打撃が、どうして欠陥品なのかと拙生は大和田に、抗弁しようとするのでありました。彼の理不尽な云い草が無性に、癪に障るのでありました。
 声を発しようとした拙生を突然安田が、羽交い絞めにするのでありました。「止めろ、井渕!」「そがんことしとる場合じゃ、なかやろう、井渕!」横に居る隅田が、怒鳴るのでありました。「野蛮かことしとったら、佳世に嫌われるとよ!」島田も、怒鳴るのでありました。拙生は安田の羽交い絞めをふり切って、倒れた大和田を飛び越えて、走るのでありました。隅田も安田も島田も、それに大和田さえも、何故か拙生を、責めたてているようでありました。拙生は彼等から逃れるように、病院に向かって、走るのでありました。
 ・・・・・・
 病床に横たわった儘、吉岡佳世が拙生に万年筆を、手渡そうとするのでありました。それは拙生が彼女に、預けていたものでありました。「この万年筆のお蔭で、手術は成功したとよ」と彼女のお母さんが、云うのでありました。拙生は自分の万年筆がどう、吉岡佳世の心臓の手術に役立ったのかさっぱり、判らないのでありました。しかし万年筆が手術には欠かせないと云うことは、この世では、拙生以外の者には自明の理であるようで、自尊心が強くて臆病な拙生としては、そのことを吉岡佳世や、彼女のお母さんに聞き質す勇気がどうしても、湧いてこないのでありました。
 拙生をその大きな瞳で見上げながら「有難う、井渕君」と云って吉岡佳世が、微笑むのでありました。万年筆と手術の関係を拙生が判ろうが、判るまいが、彼女のこの手術後の微笑みの尊さに比べたら、大した問題ではないのだと、彼女が教えてくれているようで、拙生はそれで充分に、納得するのでありました。「手術の成功したとけんが、もう安心してよかとぞね?」と拙生は彼女に、聞くのでありました。「うん、もう大丈夫」と吉岡佳世は何度か、頷くのでありました。彼女の頭の下の枕が、彼女が頷く度に、髪の毛との小さな摩擦音を、出すのでありました。拙生は矢鱈に、嬉しくなるのでありました。
 吉岡佳世はベッドから手を出して拙生の方に、差し伸べるのでありました。拙生がその手をとると、彼女は意外な程の強さで拙生を自分の方に、引き寄せるのでありました。「ねえ、チューして」と彼女は間近にある拙生の顔に、云うのでありました。
(続)
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