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枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 7 創作]

 そろそろ吉岡佳世の家を辞そうと思って、前に置いてあるファンタグレープを飲み干すと「東京に行っても、ちゃんと高校生としての規範て云うか、矩て云うか、そがんとのあって、それば踰えたらダメとぞ」と彼女のお兄さんが拙生に、云い出すのでありました。「井渕君は孔子とか、勉強したとやろう?」「はい。受験勉強で少しは」拙生は、応えるのでありました。「お兄ちゃん、なんば云いたいと?」吉岡佳世が眉根を寄せて彼女のお兄さんに、云うのでありました。「いや、浩輔の云うことを、二人共ちゃんと聞けよ」と突然、彼女のお父さんが、ようやく顔の前から湯呑を下ろして、云うのでありました。お父さんの顔は紅潮していて、それは拙生と吉岡佳世が、手を繋いでいることを怒っているのだと拙生には、思われるのでありました。「お父さんは、焼き餅ば焼きよらすとさ」と彼女のお母さんが拙生に、耳打ちするのでありました。
 拙生はお父さんの焼き餅から逃れるように、彼女の家を、退散するのでありました。玄関を出たところで、吉岡佳世が「さよなら」と、云うのでありました。その言葉が、なにやら永遠の別れを意味するように聞こえたものだから、拙生は慌てて「じゃあ、また」と、云い返すのでありました。また絶対に逢えることを彼女に念押しするつもりの、言葉でありました。「さよなら」吉岡佳世は手をふりながら抑揚のない口調で、云うのでありました。
 ・・・・・・
 頭に黄色い鉢巻きを締めて、体操服姿の吉岡佳世が本部席のテントの下で、皆に混じって目の前で繰り広げられている体育祭の競技を、見ているのでありました。拙生はそんな彼女を、障害物競走のスタートラインから、見ているのでありました。彼女は与えられた記録係と云う仕事を、そこに居る幾人かの女子生徒と一緒に熱心に、こなしているのでありました。
 吉岡佳世が記録係の席を立って、ゴールラインの方に移動するのは、拙生がそこに一番に跳びこむことを、待つためでありました。拙生は彼女のために、懸命に様々な障害を乗り越えて、トップでゴールへ、駆けこむのでありました。ゴールラインを越えて、走りこんだ勢いを借りて、彼女の体に抱きつこうとした途端、彼女の姿は拙生の、前に伸ばした両手の先から、消え失せるのでありました。拙生は不思議に思って辺りを、見回すのでありました。すると次の瞬間、拙生はどうしたことか、保健室へ向かう廊下に一人、立っているのでありました。
 前から歩いて来るのは、島田でありました。「吉岡は?」と拙生は島田に、問うのでありました。「具合の悪うなって、病院に行った」と島田が、云うのでありました。「井渕君、佳世の具合の悪かとに、気がつかんやったとね?」島田はそう続けて、拙生を咎めるような目を、するのでありました。
 隅田と安田が拙生と島田の傍に、駆け寄って来るのでありました。「どうするとか、井渕?」二人は拙生に、声をかけるのでありました。「すぐに病院に行かんば、ならんとやなかとか」と隅田が云って拙生の背中を、叩くのでありました。それは怒っているような、云い方でありました。拙生は神妙に頷くと校舎の出入口に向かって、走り出すのでありました。「井渕、急げ」と後ろの三人が声を荒げて叫ぶのが、聞こえるのでありました。
(続) 
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