SSブログ

枯葉の髪飾りCLⅩⅩⅩ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 海を泳ぐ拙生を吉岡佳世が岩場から、見下ろしているのでありました。時々拙生は彼女が本当に、拙生を見失わないでいるのかどうか、確かめるために手を、ふって見せるのでありました。彼女はすぐに同じように手を、ふり返します。彼女のその仕草に、拙生はとても満ち足りた気分に、なるのでありました。
 彼女を一人岩場に残していることが申しわけなくなって、拙生は岩場まで力泳して、戻るのでありました。岩場に上がると彼女がタオルを、手渡してくれるのでありました。拙生がタオルを受け取って体を拭いていると、彼女は岩場に弁当を、広げるのでありました。「豪華版たい」と拙生は感嘆の声を、上げるのでありました。「全部、あたしが作ったと」彼女は自慢げに、笑って見せるのでありました。
 拙生と吉岡佳世は手を繋いだ儘その弁当を、食べるのでありました。「美味しか?」と彼女は、首を傾げて拙生に時々、聞くのでありました。「うん、美味しか」拙生はその言葉が、お世辞や愛想に聞こえないか不安に思って、如何にも真剣そうな顔で、頷くのでありました。「砂浜ば、すこし歩こうか」食べ終えた弁当を片づけながら吉岡佳世が、提案するのでありました。
 俯いて、手を繋いで横を歩く吉岡佳世の中高の横顔を拙生は頻繁に、盗み見ているのでありました。「疲れとらんか?」拙生が聞くと彼女は拙生を見て首を、横にふるのでありました。「あたし、井渕君とこうして、手を繋いで、海辺ば歩いてみたかったの」と吉岡佳世が、云うのでありました。拙生は彼女の手を引き寄せて、彼女を自分に密着させてから、彼女の肩を、抱くのでありました。彼女の緊張が、その細い肩から拙生の掌に、移るのでありました。拙生の掌も緊張でぎごちなく、固まっているのでありました、映画で見た恋人同士のようだと拙生は、思うのでありました。「これから、あたしの家に来ん?」と吉岡佳世が、云うのでありました。「もう夕方けん、これから行きよったら、夜になってしまう」拙生はそう云いながら、彼女の体を一層強く自分に、密着させるのでありました。
 ・・・・・・
 吉岡佳世の家の居間で、彼女のお母さんに見られているにも関わらず、拙生と彼女は手を繋いで、体を寄せあって座卓の前に、座っているのでありました。「あんた達、羨ましかねえ」と彼女のお母さんが笑って、云うのでありました。「本当に、羨ましかばい」と彼女のお兄さんも、云うのでありました。彼女のお父さんは大きな湯呑で、茶を飲んでいるのでありましたが、それは自分の表情を、隠すためのようでありました。
 吉岡佳世が、繋いでいる拙生の手を差し挙げて「あたし達、来年東京で、一緒になると」と、云うのでありました。「そうね、そうやったね」と彼女のお母さんが、頷きます。「そうやった、そうやった」彼女のお兄さんも、頷きます。彼女のお父さんは相変わらず、大きな湯呑を顔の前に据えて表情を、見せてくれないのでありました。
 拙生はそんなことを、吉岡佳世と約束した覚えはなかったので、甚く驚いたのでありましたが、しかしなんの異論もあるはずがなく、むしろ彼女の口から、そんな言葉が出てきたことを大いに、喜ぶのでありました。彼女のお父さんの方を窺うと、まだ大きな湯呑が顔を隠していて、お父さんの意向は拙生には全く、知れないのでありました。
(続)
nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。