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枯葉の髪飾りCLⅩⅦ [枯葉の髪飾り 6 創作]

「ああ、有難う。こいから駅前の商店街まで行って、ラーメンでも食ってくる積りやったとけど、そんなら折角けん、そがんさせて貰おうかね」
 拙生はなんとなく電話の後に人恋しくなってしまって、このまま部屋に帰って一人で過ごすのも遣る瀬ない気がするものでありましたから、渡りに船と叔母の厚情に甘えるのでありました。
「そうだよそうだよ、夕飯がラーメンと云うのも、如何にも侘びしいから」
 義叔父がそう云って叔母と同じに手招きするのでありました。
「なんかいつまででん、甘えとって申しわけなかですねえ」
 拙生は義叔父に云うのでありました。「明日からはちゃんと、あんまい世話ばかけんごと、一人でなんでんしますけん」
「そんな生真面目なこと云わなくていいって」
 義叔父が笑って首を横にふるのでありました。
「この子は前から、姉さんとかあたしなんかに似なくて、妙に律義なところがあったものねえ。屹度秀ちゃんのお父さんの方の血ね、そう云うところは」
 叔母が義叔父に向って云ってから立ち上がるのは、これから夕飯の支度に取りかかるためでありましょうが、拙生と話す場合とは違って、当然のことではありますが義叔父との会話は佐世保弁ではないのでありました。
 実は東京へ出てきてから拙生が一人で夕食を摂ったのはまだ一度もなくて、総て叔母の家でよばれているのでありました。鍋釜や包丁にまな板、茶碗に皿に湯呑まで叔母から供与して貰っていたし、塩醤油の類も揃ってはいて、小ぶりながら冷蔵庫もちゃんともう部屋に届いていると云うのに、拙生が自らの手で食材を買い揃えて調理なるものをしたことはまだ一度もないのであります。駅前の商店街をぶらぶらするのはそんなに嫌いではないのでありましたが、スーパーや肉屋野菜屋で食材を買うよりは、拙生は本屋やレコード店とかの前に多く立ち止まるのでありました。まあ、大学が始まれば然程に叔母の料理に頼ることもなくなるであろうとは思うので、これが一区切りと云う積りで、その日は遠慮なく叔母の手になる夕食の湯気を顔に浴びている拙生でありました。
 アパートの部屋へ引きあげてきて、静まった空気が妙に心細さを増幅させるような感じがするのは、やはり先程吉岡佳世と電話で話した反動でありましょうか。拙生は部屋の隅に置いた白黒テレビをつけて、そこから漏れてくる音で侘びしさを紛らわそうとするのでありました。しかしテレビを見ると云うわけではなくて、拙生は机の前に座って吉岡佳世の姿が納まった写真立てを手に取るのでありました。銀杏の木に片手を添えた吉岡佳世が、屹度寂しそうな顔をしているであろう拙生を見て微笑んでいるのでありました。
 彼女も今頃佐世保の自分の部屋で拙生の写真を手にして、拙生と同じ顔をしているのかも知れません。未だ話をする者も居ないクラスで、入学が一級下になる連中に混じっている彼女の心細さや孤立感は如何ばかりかと思うのでありました。手紙や電話以外の、なにか彼女を励ますことの出来る手段はないものかと考えるのでありましたが、もどかしくも拙生にはこれと云ったものがなにも思い浮かばないのでありました。
(続)
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