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枯葉の髪飾りCLⅩⅥ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 拙生は彼女の傍に居てやれないのがとても悔しいのでありました。こう云う時に傍で力になってやれる者こそ、彼女にとって必要な人間と云うものではないのかと考えて、拙生は電話のこちら側で苦い顔をしているのでありました。
「ま、その内慣れて、あたしもクラスの人と、段々喋るようになると思うから、井渕君、あんまり心配せんでね。心配させる積りで、云うたとやないけんね、今のは」
 吉岡佳世はそう電話の向こうで快活な声で云うのでありました。
「もしなんかあったら、何時でん、手紙でも電話でもよかけん、オイに連絡ばくれたら、まあ、遠くでなにも出来んけど、一番真剣な相談相手にはなるけんね」
「うん、有難う。頼りにしてる。手紙一杯書くけど、煩わしいとか思わんでね」
「当たり前くさ、どんどん手紙ばくれよ」
 拙生はそう云いながら、しかし矢張り手紙と云うもどかしい道具しか彼女との交通手段を今は持っていないのだと、離れてしまった二人の間に横たわる距離と云う苛立たしい障害を実感するのでありました。
「もう、あんまり長くなると、電話代の高うなるから」
 吉岡佳世は拙生の電話代を気遣うのでありました。
「うん、そいでも、この電話は、叔母さんの家からかけさせてもろうとるとけんが、叔母甥の仲で、少しぐらいは電話代の方はまけてくれるて思うけど」
「それでも、叔母さんに悪いけん」
「うん、まあ」
 それは確かに、その通りなのでありました。
「じゃあ、この位で切るね」
「うん。・・・ああ、それから、若し緊急の用件が出来たいしたなら、この電話にかけてくれたら、すぐにオイに話の通じるけんね。電話番号は、前に教えとったやろう?」
「ちゃんと、聞いてる」
「電話するとば、遠慮せんでもよかとけんね、こっちは叔母甥の仲けんがね」
「判った。そんじゃあ」
「うん、そんじゃあ」
 拙生は吉岡佳世が受話器を静かに置く音を聞いてから電話を切るのでありました。なまじ彼女の声を聞いたものだから、電話を切った後に彼女に逢いたいと思う気持ちが電話をする前よりも余計に強くなるのでありました。
 拙生は叔母と義叔父の居る居間に顔を出して、電話を借りた礼と、電話代を後で請求してくれと申し出るのでありました。
「そんなのは、いいよ別に。何時でも必要な時に使って構わないから」
 義叔父がそう云って笑いながら何度か手を横に振るのでありました。
「それより秀ちゃん、まあだご飯は食べとらんとやろう?」
 叔母が聞くのでありました。「ウチもこいからけんが、一緒に食べていきなさい」
 叔母は拙生に手招きをするのでありました。
(続)
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