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枯葉の髪飾りCLⅨ [枯葉の髪飾り 6 創作]

 こうして拙生の、吉岡佳世が傍に居ない東京での新生活が始まるのでありました。
 これから寝起きすることになる、入り口の横に小さな炊事台のついた六畳一間のアパートに足を踏み入れると、なにもない殺風景な部屋の中には佐世保から送っておいた勉強机と、衣類やら本や小物の入った段ボールケースが四つ、それに叔母が梱包を解いて前以って一度日に干しておいてくれた布団が畳まれて置いてあるのでありました。拙生は布団を押入れに仕舞い、机を部屋の窓際の角に移動させて、旅行カバンの中から吉岡佳世に貰った写真立てを取り出して机の上に置くのでありました。勿論それには病院裏の公園で撮った吉岡佳世の写真が入っているのであります。
 彼女の写真を暫く眺めてから、荷物の片づけをしようと段ボールケースを見るのでありましたが、片づける前にそれ等を仕舞う箪笥やら本棚やら、その他不足している日用品を先ず調達しなければなりません。拙生はアパートを出て隣りの家に行くのでありましたが、そこは叔母が住まっている家屋でありました。
「おうい、来たばい」
 拙生は玄関の扉を開けると奥に居るであろう叔母に向かってそう云って、遠慮もなく廊下に上がるのでありました。奥から出てきた叔母は対面の挨拶一言の後に拙生の腹具合を心配して、昼食を支度しようかと云ってくれるのでありましたが、東京駅に着いた後、地下街の饂飩屋に立ち寄ってもう済ませた旨拙生は告げるのでありました。これから駅前の商店街まで出かけて家具やら電化製品、それに思いついた小物等を購入に行って来ようと思うのだがと話すと、そんなら序でもあるからと叔母は拙生の買い物について来てくれるのでありました。
 成程買い物慣れた叔母がついて来てくれなければ、ハンガーが八つばかりついた洗濯物干しや炊事場で使う食器の水切りとか、屑籠に箒に塵取り、箪笥に入れる虫除けやら冷蔵庫の脱臭剤と云った類は、拙生一人で買い物に来ていたら到底購入しようとすら思わなかったでありましょう。もしこの後に足りないものが出てくれば、叔母に貸して貰うか追々買い足すことにして、今日はこれで充分であろうと拙生が提案するのは、叔母の買い物もあわせてそうは多く、手に持って帰れそうにないからでありました。そう云った小物を買う前に、小ぶりな洋服箪笥にファンシーケース、小さな冷蔵庫と電気炊飯器、小型の白黒テレビ、テーブル代わりにも使う電気炬燵やスチールの本棚と云った大物も購入したのは当然でありますが、これは後日店が配達してくれることになるのでありました。それに「色々揃うまで不自由やろうから、食事とか風呂とかは暫くウチでするようにしたらよかよ」と云う叔母の厚意まで手に入れたのが、存外の収穫であったと思うのでありました。
 この叔母の御亭主は、まあ拙生の義理の叔父でありますが、東京の在の人でサラリーマンをしているのであります。拙生が今度入る単身者用のアパートを隣りに持っていてその上がりも考えると、叔母に云わせればそうあくせくと働かなくても食ってはいけると云う身分の人であります。義叔父は何ごとにも鷹揚な風で、拙生にも何時も優しく接してくれるのでありました。叔母夫婦には息子が一人居て、これは当然拙生の従兄でありますが、もう既に社会に出ていて、その頃は転勤で岐阜の方に住んでいるのでありました。
(続)
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