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枯葉の髪飾りCLⅧ [枯葉の髪飾り 6 創作]

「もう、降りないと」
 そう云う吉岡佳世の顔が引き攣るのでありました。
 二人が席を立って通路に出ると、入れ違いに中年の夫婦連れと思しき二人が今まで我々が居たボックス席に入ろうとするのでありました。拙生と吉岡佳世が手を繋いでいるのをその二人が凝視しているその視線を背中に感じながら、我々は通路を列車の出入り口へと向かいます。
 吉岡佳世は列車を降りて、振り返って中に残った拙生を見上げるのでありました。
「ほんじゃあ、夏休みまでな」
 彼女が発すべき言葉を見失っている様子を繕う積りで、拙生はなるべく明朗に、そう言葉を投げるのでありました。吉岡佳世はその拙生の言葉に一つ頷いて見せるのでありましたが、その目が頻繁に瞬きを繰り返すのは屹度溢れてくる涙のせいでありましょう。
 さくら号の発車を知らせるけたたましいベルの音に、吉岡佳世は驚いて体を一つビクンと震わせるのでありました。見送りの者は白線まで下がれと云うホームに流れるアナウンスに、拙生は動きを失くして立ち尽くす彼女に向かって下がれと云う積りで、掌で押すような仕草をして見せます。すぐに列車のドアが、圧縮された空気が一挙に漏れ出すような音と伴に閉まるのでありました。恰も彼女の方へ延ばそうとした拙生の掌が彼女に届く前に、ドアの閉鎖によって阻まれたようでありました。ドアの閉まり切る寸前に、彼女が閉鎖音に抗してなにかを云うのでありましたが、それは手紙書くからねと云う言葉であったろうと、ドアが閉まった後に思い当たるのでありました。
 ゆっくり列車が動き始めると、ついて来るように吉岡佳世も歩くのでありました。拙生はドアの厚いガラス窓にへばりついて、遠ざかる彼女を見ているのでありました。列車がスピードを上げて、彼女の歩く姿が拙生の視界から消える寸前に、彼女のすぐ後ろに立つ人影を認めたのでありますが、それは彼女のお兄さんであったろうと察知するのでありました。彼女のお兄さんが駅まで彼女について来ていたのでありましょう。しかしそうなら、彼女と一緒に拙生と一言でも言葉を交わしてもよさそうなものでありますが、恐らく彼女のお兄さんは気を遣って、拙生と彼女を二人だけにしてくれたものと思われます。
 拙生は体中が寂寥感に包まれたまま脱力して、暫くドアの窓から外を眺めるともなく眺めていたのでありますが、街は次第に夕闇の中に姿を消そうとしているのでありました。ドアの窓ガラスには街の風景に代わって、車内灯に背を向けた拙生の暗い顔が浮かんでいるのでありました。
 吉岡佳世に逢える夏まで、待てるかしらと拙生は考えるのでありました。今別れた彼女の姿が急に恋しくなって、拙生は次にさくら号が停まる早岐駅で降りてしまおうかと、半ば本気で考えるのでありました。これから向かう東京と云う街が、吉岡佳世が居ないその街が、そんなに魅力のある街なのかと拙生は自分に聞き質しているのでありました。しかし一年間待てばいいのだと考えなおして、拙生は何とか今の寂しさに耐えようとするのでありました。一年待てば、吉岡佳世が東京にやって来るのであります。いや取り敢えず夏休みまで待てば、彼女には逢えるのであります。その筈で、あったのですが。・・・
(続)
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