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枯葉の髪飾りCⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 5 創作]

 吉岡佳世の退院の日、拙生は特に頼まれたわけではないのでありましたが、手伝いに病院へと向かうのでありました。丁度土曜日だったのではありますが、彼女のお父さんは仕事で来られないと云うことなので、それならと自ら買って出たのでありました。拙生は学校が昼前に終わるといそいそと最寄りのバス停からバスに揺られて病院へ急ぎます。二時に退院と云うことであったので、その一時間前には病院へ着く計算であります。尤も拙生が手伝うと云っても、荷物持ち程度ではありましたが。
「なんかこのベッドとも、今日でお別れてなると、ちょっと寂しい気がする」
 吉岡佳世はそんなことを云いながら枕を摩るのでありました。それからベッド脇の台の引き出しを開けて中の私物をベッドの上に並べるのでありました。湯呑の蓋とか箸とかストローの束とか文庫本等が、ベッドの上に綺麗に整列するのでありました。その中に拙生の受験した大学の名前を大書した、例のおまじないノートも混じっています。彼女が他のものを取り出すのにかまけているのを幸い、拙生はその中の一冊を取り上げてパラパラと頁を繰るのでありました。
 そこには几帳面な彼女の性格を反映して「合格」と云う丁寧な文字が、全頁に渡って縦横を揃えてびっしりと並んでいるのでありました。時々「何々大学何々学部合格絶対間違いなし」とか「この万年筆には不思議な力がある」等と云う文字が、単調な羅列にアクセントを添えるように挿入してあるのでありました。その中に「井渕君大好き」とか「世界で一番大切な人のため」とかの文字を見つけて、拙生は胸の奥が擽ったくなるのでありました。成程こう云うことが書いてあるために、吉岡佳世は拙生にこのノートを見せるのを恥ずかしがったのでありましょう。
「あ、見たらだめ!」
 吉岡佳世が気づいて拙生から慌ててノートを取り上げるのでありました。「あたしの字、汚いけん、見られたら恥ずかしか」
「いやあ、綺麗に書いてあるて思うて、感心しとったとぞ」
「中、読んだ?」
「いや、読もうてしたら取り上げられたもん。まあ、合格て云う字の頁一杯に書いてあったとは、なんとなく判ったけど」
 吉岡佳世は頬を赤くして拙生から庇うようにノートを胸にきつく抱くのでありました。
「なんか、オイは今、実は感動しとるぞ。オイのために、こんなにしてくれたて思うと」
 拙生はそう真面目な顔で云うのでありました。
「こんなことしか出来んとが、本当はあたし、悔しかとやけど」
 彼女はそう云って拙生から伏し目に目を逸らすのでありました。
「ほら、あんた達、そがん遊んどらんで、早う支度ばせんね」
 衣類やタオル等をカバンに詰めていた吉岡佳世のお母さんが、動きを止めていた拙生と彼女に声をかけるのでありました。「用意の出来たら、先生とか看護婦さんとかに、お礼ば云いに行かんといかんとけんね。忙しかとよ、今日は」
 お母さんに窘められて、吉岡佳世は肩を竦めて舌を出して見せるのでありました。
(続)
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