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枯葉の髪飾りCⅩⅠ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 吉岡佳世が居るはずの病室のドアを開けておずおずと中を覗くと、ベッドの上に座る彼女とすぐに目があうのでありました。彼女は拙生の出現に驚いたように口を開けるのでありました。拙生はにいと笑いかけて病室へと身を滑りこませます。吉岡佳世は拙生が東京に行く時と同じに元気そうであることに安堵して、拙生は彼女の窓際のベッドへと歩み寄るのでありました。
「あっ、井渕君、来てくれたと」
 吉岡佳世は拙生がまだベッド側へ辿り着かない内に、少々大きい声でそう云うのでありました。その彼女の声に同室の他の三人の入院患者が、拙生の方へ視線を向けるのが判るのでありました。
「おう、只今。元気しとったごたるね」
 拙生はベッドの横に辿り着いた後にそう云うのでありました。彼女だけが居て、何時もベッド脇に付き添って居る彼女のお母さんの姿が見当たりません。
「あれ、お母さんは?」
「うん、ちょっと主治医さんに呼ばれて出て行かしたと」
「ふうん。なんやろう?」
「多分あたしの、退院についての話て思うよ」
「お、退院出来るとか?」
 拙生は思わぬ朗報に接して飛び上りたいくらいでありました。
「うん、まだ判らんけど、多分ね」
 吉岡佳世は何故か照れ臭そうにそう云うのでありました。
「そりゃ、よかったやっか。その話ば聞けただけでも、今日ここに来た甲斐のあったぞ」
「今日来てくれるて、思いもせんかった、あたし。それより、東京はどうだったと?」
「うん、まあ、どうて云うこともなかったけど」
「入試の方は?」
「まあ、あんなもんやろう」
 拙生は上首尾と云う程に自信があるわけでもなく、かと云ってはっきりした失敗があったわけでもなかったので曖昧な返事しか出来ないのでありました。
「あんなもん、て?」
「そうねえ、出来たところは出来たばってん、出来んかったところは出来んやった」
 拙生のその云い草に吉岡佳世は困ったような顔をするのでありました。
「手応えて云うか、試験に受かる自信は、ある?」
 そう聞かれると拙生の方も困るのでありました。
「どこかの大学に引っかかっとればよかけどね。自分でもようは判らん」
 拙生は頭を掻くのでありました。
「ふうん、そう」
 吉岡佳世は拙生のあやふやな返事に少し口を尖らせて見せるのでありましたが、すぐに手を口元に添えて笑うのでありました。「でも、井渕君が無事に帰って来て、よかった」
(続)
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