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枯葉の髪飾りCⅩ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 拙生が乗った寝台特急さくら号は、午前十一時半を少し過ぎて佐世保駅のホームへ滑りこむのでありました。吉岡佳世の顔を久々に見ることが出来る喜びに、夜中に列車の寝台の中へもぐりこんでもなかなか寝つけず、睡眠不足で茫と霞に覆われたような頭で駅に降り立った拙生は、本来ならこの儘学校へと向かって担任の坂下先生に、帰ってきた報告と受けた入試の首尾を報告すべきであろうとは一応思ったのでありました。しかしそれは明日登校してからの話として、取り敢えずはこのまま家に帰って一眠りして、夕方から吉岡佳世の入院している病院へ行くことにしたのでありました。学校よりは吉岡佳世に逢いたい気持の方が、入試も終わったことだし、この際の優先事項であります。
 駅の地下道を通ってバスターミナルへ向う途中、朝からなにも腹に入れていなかったので地下道にあるラーメン屋で空腹を満たした後、自宅のある方面へ向うバスに腰を落ち着けた拙生はいきなり眠気に襲われるのでありました。ここで寝たら乗り過ごす危険があるので、拙生は席から立ち上がって股の間に大きな旅行カバンを置いて、吊革に掴ってゆらゆらと上体を揺らしながら自宅まで帰るのでありました。
 受験から解放された気の緩みと長旅の疲れから、拙生は家に帰り着くと只今の声も出し惜しみするようにそのまま自分の部屋に行き、学生服を脱いで布団を引きずり出すとその儘倒れこむのでありました。瞬く間に昏睡状態に陥り、目覚めたのはもう三時を大分回った頃でありました。それも母親に声をかけられてようやく覚醒した次第で、母親の声がなかったらそのまま不覚に朝まで眠りこけていたかも知れません。やはり周りにはのほほんと見えていたとしても、この間の大学受験と云う頸木は拙生にとってかなりの圧迫であったわけであります。
 身支度をして吉岡佳世の入院する病院へ向ったのは四時過ぎでありました。勿論彼女へのお土産である写真立てと、彼女のお母さんに渡すはずの東京駅地下街で買った東京土産のお菓子の箱をちゃんと持って出たのは、まだ寝ボケたような様子の拙生にしては抜かりない仕業でありました。
 拙生が佐世保を離れる時よりももっと元気に彼女がしていてくれていることを願いながら、拙生はバスに座って彼女のために買った写真立てを握っているのでありました。このお土産を彼女は気に入ってくれるはずであります。病室に飾ってある拙生の写真を彼女はこの写真立てに入れるのでありましょう。いや勿論拙生の写真ではなくて、一緒に飾ってある彼女の家族写真の方を入れてくれても別に構わないのでありますが、しかし拙生が買ってきたお土産でありますから、屹度彼女は拙生の写真の方をこれに入れるでありましょう。そうすると、なんとなく拙生の方が彼女の家族よりも、ベッド脇の台の上では優遇されているような感じになるわけでありますか。これはちょっと、気まずい感じです。それではまるで拙生が彼女の家族を差し置いて、驕慢な態度で彼女のベッド脇の台の上にふんぞり返っている雰囲気ではありませんか。そんな図はまったくのところ本意ではないのでありますから、困った事態になるわけであります。もう一つ、彼女の家族写真用の写真立ても買ってくればよかったかなと拙生は悔やむのでありました。ま、そんな益体もないことを考えながら拙生は病院へ向うバスに揺られているのでありました。
(続)
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