SSブログ

枯葉の髪飾りCⅧ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 出発する寝台特急さくら号では丁度同じ頃に東京で入試に臨む、二人の他のクラスの男子同級生と乗りあわせたのでありました。拙生はその二人が同じ列車で東京へ向うことを全く知らなかったので、車内で顔をあわせてから驚くのでありました。尤もその存在は当然知ってはいたものの親しくしている間柄ではなかったものだから、好い道連れが出来たとも思わなかったし、特段心強くも感じなかったのでありました。それに列車内での座席が離れていたために言葉を二、三かけあった程度で、後は互いに関知せずと云った風に夫々の席に散って、結局列車を降りるまで話をすることもなかったのでありました。
 拙生は席に座って受験参考書を広げて気分も乗らずその文字を追ったり、窓の外を流れる風景をぼんやり眺めたり、横に座っている中年のネクタイを締めた出張帰りと云う男のサラリーマンや、孫の顔を見に行くと云う向いの席に座るお爺さんとお婆さんの夫婦連れと言葉を交わしたり、その横で腕組みして寝入っている大学生と思しき男の乗客の様子を見るともなく見たり、腹が減ったので車内販売の弁当を買って食ったりしながら、寝台が設えられるまでの時間を過ごすのでありました。中学生の時以来久々の寝台特急列車の旅ではありましたが、これから受験のために東京へ向うのだと考えると気が重くなって、旅行気分を満喫すると云う風にはなかなかいかないのでありました。それに吉岡佳世の病状もやはり気にかかって、参考書の文字を追う目も、他の同席者と話す口も、なんとなく普段よりは活動が停滞気味になるのは仕方のないことでありました。
 寝台が調えられてその三段目の寝台に入りこむと、拙生は学生服を脱いでその内ポケットから吉岡佳世の写真を取り出して、仰向けに寝転がって列車の揺れに時々凝視を妨げられながらも見入るのでありました。吉岡佳世が枕の下で拙生の受験合格の願かけをしてくれた拙生と彼女が顔を寄せあって写っているものと、拙生が家から持って来た彼女一人が銀杏の木に片手を添えて写っている全身写真の二枚であります。拙生はその二枚を交互に随分長い時間眺め続けるのでありました。
 吉岡佳世がこのまま順調に恢復してくれることを願うのみでありましたが、手術以来急に、か細い体が余計か細くなったように見える彼女の姿がこの写真からも窺われるのでありました。写真の彼女の頬は少しはふっくらとしていたのですが、昨日今日の彼女の頬はかなり落ち窪んで線が鋭くなったように見えるのであります。それは如何にも病人然としているのでありました。恢復にはかなりの時間を要するかも知れないと推察するに十分なやつれ様であると云えます。しかしそれでも、どんなに時間がかかろうと、恢復してくれれば良しと拙生は列車の揺れに呼応して揺れる頭で考えるのでありました。
 拙生がここで受験に失敗して彼女を落胆させるわけにはいきません。拙生は彼女の恢復に障るような如何なることも仕出かしてはいけないのであります。それが拙生に出来ることであります。そう考えると入学試験に対する拙生の意気ごみのようなものもいきおい緊張感を漲らせるのでありましたが、なにせこれまでの拙生の勉強の方がからっきしその緊張感に対応出来ていないのであります。差し迫った今、吉岡佳世のおまじない頼りと云うのも至って情けない次第でありますなあ。もう少し本気で勉強しておけばよかったと、拙生は今頃になって悔やんでいるのでありました。
(続)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

枯葉の髪飾りCⅦ枯葉の髪飾りCⅨ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。