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枯葉の髪飾りCⅣ [枯葉の髪飾り 4 創作]

「ご免、少し言葉の強かったかね、そがん積もりじゃなかったとやけど」
 拙生は彼女を見上げながら極力優しく云うのでありました。
「ううん、そうじゃなくてさ」
 吉岡佳世は目頭に当てていた拳で涙を拭いながら続けます。「明日は井渕君の大事な出発の日やから、駅まで行けんけど、せめてここで激励してあげる積もりでいたとに、泣きごとのようなこと云って、逆に心配させてしもうて、申しわけないの」
「今日、今までよりも元気になっとる姿ば見せて貰うたけん、それがなによりの激励ぞ、オイにとっては。これで安心して、明日東京に出発出来るばい」
 拙生はそう云ってにいと彼女に笑いかけるのでありました。それに応えるように吉岡佳世も、泣いたために小さく震えようとする唇の端をなんとか震えさせまいとしながら、拙生に笑い返すのでありましたが、その彼女の表情を見ると拙生の方にもこみ上げてくるものがあるのでありました。
「あ、そうだ、井渕君、万年筆ある?」
 暫くして落ちついてから吉岡佳世が急にそんなことを云うのでありました。
「うん、持っとるけど」
「それ、受験の時使う?」
「いや、万年筆は使わん。試験に使うとは鉛筆と消しゴム」
「そんなら、その万年筆、東京から帰って来るまで、よかったらあたしに預けて行かん?」
「そりゃ構わんばってん、オイの万年筆ばどがんするとか?」
 そう云いながらも拙生はもう、制服の内ポケットから万年筆を取り出すのでありました。
「井渕君の受験の日にあたし、その万年筆で『合格』て云う文字ば、出来るだけ一杯ノートに書き続けるの。井渕君が答案用紙と睨めっこしてる同じ時間、あたしもずっと、気持ちばこめてその文字ば書き続けると。仕様もないおまじないみたいやけどさ、ひょっとしたら、少しは利くかも知れんやろう」
 吉岡佳世は万年筆を受け取ろうと拙生に掌を差し延べるのでありました。
「根ば詰めてそがんことしたら、体に障るとやなかろうか?」
 拙生はそう云いながらも彼女の掌の上に万年筆を置きます。
「大丈夫さ、そのくらいは」
「そうやろうか」
 吉岡佳世は拙生が掌に乗せた万年筆を握りしめるのでありました。
「馬鹿みたいて思うやろうけど、そんなことくらいしか出来んもん、今のあたしには」
「いや、もしそがんことして貰うたら、それに勝る効果的な受験対策はなかかも知れんぞ。なんせ実際のオイの受験勉強の方は、かなりいい加減なもんやけんが」
「あたしも一緒に受験してる気になって、気持ばこめて一字々々書くからね」
「いやあ、頼もしか。そんなら一丁お願いしようかね、それ」
 拙生は彼女に頭を下げるのでありましたが、彼女はその拙生の一礼に対して自分も一緒に頭を下げるのでありました。
(続)
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