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枯葉の髪飾りCⅢ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 拙生は吉岡佳世のお母さんが座っていた丸椅子に腰を下ろして彼女を見上げます。彼女が横たわっている場合、拙生は椅子に座っても彼女の顔を見下ろすことになるのでありましたが、彼女がベッドに座っていると今度は見上げることになるのであります。吉岡佳世の首から顎にかけての曲線が少し鋭角に見えて、元々細かった彼女が前よりも一層痩せてしまったことを拙生に明瞭に知らせるのでありました。
「ずっとそがんして座っとって、疲れんか?」
 拙生は彼女の顎の稜線を見ながら云うのでありました。
「ううん、今日は大丈夫」
「きつうなったら、遠慮せんで横になってよかぞ」
「うん、有難う。それよりさあ」
 吉岡佳世が拙生の目を見下ろしながら云います。「明日やったよね、東京に行くとは?」
 拙生を下に見ているために彼女の目はいつものように見開かれてはおらず、二重の上瞼が濡れた光沢を湛える瞳を半分程隠しているのでありましたが、それは拙生にはなんとなく妖艶に見えるのでありました。
「うん、明日の四時半発のさくら号で出発する」
「さくら号は、寝台特急列車やったよね?」
「そう、そいけんゆっくり寝て行ける」
「あたしも小学生の頃、一度乗ったことあるよ」
「オイも今度が二度目。中学生の時東京に遊びに行って以来かね」
「あのさ・・・」
 吉岡佳世はそう云って髪を掻き上げる仕草をするのでありました。「本当は明日、駅まで見送りに行く積もりやったとけど、まだこんな調子やから、行けん」
「ああ、それは仕方なかくさ。別によかとぞ、そがんこと気にせんでも」
「ご免ね、約束しとったとに」
 彼女は髪を掻き上げたその手を、まるで耳を隠すようにそこにずっと置いたままで云います。云った後に髪の束を強く掴み、その手を髪梳くように端までゆっくり滑らせてから放すのでありました。彼女の目には涙が浮かんでいるのでありました。
「ま、そがんこと気にせんで、早う治って退院してくさ、元気にならんばばい」
「なんか、悔しかと、自分の体が」
「まあまあ、そがん思い詰めん方がよかぞ。少し恢復の遅れたて云うだけやっか」
「本当に、恢復するとやろうか、あたし」
「するに決まっとるやっか。弱気になったらダメぞ」
 気をつけた積りではありましたが、そう云う拙生の語気が彼女には少し強く響かなかったかと心配して、拙生は彼女の顔を恐々として窺うのでありました。吉岡佳世は俯いて両手の拳で目頭を押さえて、少しの間泣きじゃくるのでありました。そんな彼女の姿に、不安定で過敏になっているのであろうその感情に対して、先程の言葉は労わりのない語調であったと悔やんで拙生はおろおろとするのでありました。
(続)
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