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枯葉の髪飾りⅩCⅦ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 その後の三日間が拙生にとって如何に長い時間であったことか。拙生は吉岡佳世の容態が気になって気になって、彼女の家に夜に電話してみようかと玄関の台の上に置いてある電話機を見る度に思うのでありました。しかしもし彼女になにかあったとしたら彼女のお母さんが必ず電話を入れてくれるであろうと考え、電話機に途中まで伸びた手を引っこめるのでありました。電話がないと云うことが多分、彼女の容態が考えられる範囲の内で推移云している証拠であります。
 そうは思うのでありますが、なにか彼女に実は大変な変化が起きていて、彼女のお母さんが拙生に電話など出来ないような事態になっているのではなかろうかと云う危惧も、時に拙生の頭を掠めたりするのでありました。しかしまさかそんな最悪の事態が起こるはずもなかろうと頭を横に振って、拙生は不吉な考えを払い落すのでありました。それに吉岡佳世の手術後の恢復だけに向けられているであろう彼女のお母さんやお父さんの心労に対する遠慮から、云ってみれば他人の拙生がその件で不躾に電話を入れることは、寂しくはありましたが憚るべき行為であろうと思われたのであります。
 一月十日の夜に拙生は逸る心を宥めに宥めて、吉岡佳世の家に落ち着いた声の調子を装って電話を入れるのでありました。電話に出たのは彼女のお母さんでありました。
「ああ、井渕君」
 彼女のお母さんの言葉つきが少し沈んで聞こえるのでありました。
「どがんでしょうかね、佳世さんの様子は?」
 彼女のお母さんの声に反応して、拙生の少し早くなった心臓の鼓動が胸の奥を掻き毟ります。
「うん、それがね、心臓の手術はうまくいったとばってん、肺が予想よりも弱っとってね、まだ集中治療室ば出られんでおるとよ」
 彼女のお母さんの声はそれまでに聞いたことのないくらい、低く力のないものでありました。拙生は電話の此方側で思わず顔を曇らすのでありました。
「ああ、そうですか。しかし・・・」
「まあ、取りあえず命がどうこうて云うことではなかとやけど、手術ば切っかけに、急になんか、弱々しくなってしもうたような感じのするとさ」
「ああ、そうですか。・・・」
「肺の機能がもう少し良くなって、もっと一杯空気ば吸えるようになったら、みるみる恢復するやろうて先生も云わすけど、傍で見ていると苦しそうでね、今のところ」
「・・・その、肺の機能は、もう少し時間の経ったら、必ず元に戻るとでしょう?」
「大丈夫やろうて、先生は云わすけど」
 明日には見舞いに行って吉岡佳世の、窶れてはいるものの晴れやかになった顔を見ることが出来ると思っていたものでありますから、拙生は落胆に指先の力が抜けて受話器を取り落としそうでありました。
「そいけん、お見舞いには、まだ来て貰わん方がよかかね」
 彼女のお母さんが申しわけなさそうに云うのでありました。
(続)
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