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枯葉の髪飾りⅩCⅥ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 吉岡佳世のことが気にかかって拙生がちっとも話に身が入らないものだから、この上長く会話をするのも詮ないと思ったか、隅田も安田も島田もなんとなく適当にその場を切り上げて夫々の席に戻るのでありました。当然拙生の方は五時間目以降の授業にも落ち着いて気持ちを集中出来るわけがなく、その日学校に居る間じっと机に縛り付けられているのが大いに苦痛でありました。尤もだからと云って拙生には、やきもきと吉岡佳世のことを心配する以外になにも出来ることはなかったのでありましたが。
 その日の夜に吉岡佳世のお兄さんから拙生の家に電話があったのでありました。手術自体はうまくいったとの彼女のお兄さんの第一声に拙生は安堵のため、全身の力が抜けて床に腰を下ろしたくなるような疲労感に襲われるのでありました。頭が急に重く感じられたのは、ずっと垂直に張りつめていた気持ちが一気に撓んで、首と肩の筋肉がその働きを緩めたためでありましょうか。
 しかしお兄さんが続けて云うには、心臓の手術は問題なく完了したらしいのでありますが、肺の衰弱が予想よりもひどかったため、これからの経過を注意して見守る必要があるとのことでありました。よって集中治療室から普通の病室へ戻れるのは、予定より少し遅れるかも知れないとのことでありました。しかしまあ当面の難問は解決したわけだから、ひとまず安堵して良いのではないかとのことであります。
「井渕君にも多分一日中、色々心配ばかけたやろうばってん、ま、取り敢えず安心して、今日はゆっくり寝てくれてよかばい」
 彼女のお兄さんはそう云ってくれるのでありましたが、その肺の衰弱と云う言葉がまたもや拙生の首と肩をすぐに緊張させてしまうのでありました。
「態々連絡してもろうて、有難うございました」
「うん、心配しとるやろうて思うてね。ま、そがんわけけんが」
「はい、電話ば貰うて安心しました」
「じゃあ、これで。オイは明日京都に帰るけん、また佳世のことはよろしくな」
「はい、判りました。お父さんとお母さんによろしゅう云うといてください」
「判った。ほんじゃあ」
「失礼します」
 電話を切った後で拙生は吉岡佳世のお兄さんには電話を貰って安心した旨告げたのではありましたが、お兄さんが云った彼女の肺の衰弱と云う言葉が矢張り妙に気持の壁に重く引っかかってしまって、手術の成功を単純には喜べないのでありました。それはどのような事態なのだろうと考えるのでありましたが、医学的な知識に乏しい拙生には明確にそのことが重篤なことなのか、然程ではないのかが想像出来ないのであります。しかし医学的な根拠は皆無であるにしろ、なにかやっと静まった気持の水面を脇から急に掻きまわされて、またぞろ激しく波立たされたような気分になるのでありました。水面が不安な波音を立てています。拙生としては彼女の肺の衰弱とやらが考える程に大変な事態ではないことを祈るのみであります。吉岡佳世にとってそれが次の深刻な問題となるのではなかろうなと、拙生は今切った電話を見下ろしながら気を揉むのでありました。
(続)
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