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枯葉の髪飾りⅩCⅤ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 吉岡佳世の手術の日、拙生は朝からおろおろと心配ばかりしているのでありました。その日の午前中の授業はほとんどうわの空で、今頃病室から手術室に彼女は移動しているのかしらとか、麻酔がかけられてもう意識を失くしているのかしらとか、拙生はそんなことを教科書に落とした目の奥の方で絶えず考えているのでありました。横たわったベッドを数人の看護士に押されて、病院の暗い廊下を手術室に消えていく吉岡佳世の姿が見えるようでありました。
 聞いていた予定によると午後一時から手術が開始されると云うことでありました。それは学校の五時間目の授業が始まる頃であります。拙生は四時間目の授業が終わった時に、後先考えず病院へ行きたい衝動にかられたのでありましたが、そうやって駆けつけたところで吉岡佳世は麻酔によってもう昏睡しているかも知れません。それに家族でもない拙生がいきなり病院に現れても彼女のお父さん、お母さん、お兄さんにはなにかと迷惑であろうからと、彼女の傍に行きたい気持ちをなんとか宥めるのでありました。
「今日、吉岡の手術の日やったぞね?」
 昼休みに隅田が拙生に聞くのでありました。
「そう。ぼつぼつ始まる頃やろう」
 拙生は気も漫ろに返します。
「吉岡のことけん、無事に乗り切るやろう」
「まあ、大丈夫とは思うばってん」
「おい井渕、今日は吉岡の手術の日やろう、後で病院に行くとか?」
 安田がそう云いながら拙生の傍に寄って来て話に加わります。
「今日は行かん。行っても立ちあえるわけでもなかし、邪魔になる」
「まあ、吉岡の方も手術の終わった後、暫くは麻酔で意識の朦朧としとるやろうけんね」
 安田がそう云って頷きます。そこへ島田が来て話に加わるのでありました。
「佳世はどがんしとるやろうかね、今?」
「どがんもこがんも、麻酔で眠っとるに決まっとるくさ」
 安田が突っ慳貪に云うのでありました。
「そりゃそうばってんさ。大丈夫やろうか、手術」
「お前が心配しても始まらんやろう」
「大丈夫くさ。手術される方もする方も、万全の準備で今日に臨んどるとけんが」
 隅田が安田の素っ気なさを補うように云うのでありました。
「正月に島田の持って行った寄せ書きは、ちゃんとベッドの横の台に飾ってあったぞ」
 拙生は島田に云います。「何時も見とるし、元気の出るて吉岡が云いよった」
「ああ、そうね」
 島田が嬉しそうに微笑むのでありました。
 その寄せ書きに立てかけるように、吉岡佳世の家族が揃って家の前で映っている写真と、それに公園で撮った拙生の写真も一緒に飾ってあったのでありますが、それはここで殊更披露する話でもないと思って拙生は触れないのでありました。
(続)
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