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枯葉の髪飾りⅩCⅠ [枯葉の髪飾り 4 創作]

 病室の窓ガラスを手で拭って夕暮れのどんよりと曇った外の様子を眺めてみると、積る程ではないにしろ綿のような雪が舞っているのでありました。
「雪の降ってきたばい」
 拙生はベッドの上に足を投げ出して座る吉岡佳世に云うのでありました。
「積るやろうか?」
 吉岡佳世は何時もは後ろで束ねている髪をその日は下ろしていて、肩の辺りでその長い髪の先を指で弄びながら云います。
「いや、こんくらいなら積ることはなかやろう」
 拙生はそう返して手で拭った扇の形なりに見える窓の外に再び目を遣るのでありました。
「明後日から、三学期ね」
 吉岡佳世が云います。その彼女の言葉に自分が同級生と一緒に三学期を迎えられない寂しさが忍んでいるように感じて、拙生は無性に彼女が可哀相になってくるのでありました。彼女の顔を見るのが辛くて、拙生はうんとだけ返事をして窓の外を見続けます。常緑樹の葉群れが何度も項垂れるように枝を揺らしているのは、海からの寒風が造船所のクレーンや建物群、それから裏の公園を抜けて吹きつけて来るからでありましょう。
 吉岡佳世の明日の手術を前にして、彼女よりもむしろ拙生の方が大きな憂鬱に圧しかかられているのでありました。当人はと云えば意外にさばさばとしている風で、まったく何時もの彼女と変わらないように見えるのであります。
 手術そのものは屹度成功間違いないのでありましょうが、それでも大手術には違いないのであります。それは吉岡佳世の華奢な体にとっては大変な負担に違いないのであります。それに彼女のお母さんから聞いた話によれば、彼女の胸には縦に大きな傷跡が残るのだそうであります。それも屹度彼女には重荷になるに違いありません。明日にその手術を控えていながら、彼女の普段と変わらない笑顔やその落ち着いた言葉つきが拙生には妙にいじらしく見えて、目の前の水滴に覆われた窓ガラスのように拙生の気分を曇らすのでありました。
「お前が髪ば下しとるところは、オイは初めて見るごたる気のする」
 拙生は努めて、どうと云うことのない話題を口に上せるのでありました。
「ああ、そうかね。そう云えば、そうかも知れんね。何時もは動いてて、髪の毛が頬に触るとがなんとなく鬱陶しいけん、後ろで束ねてるしね」
「その髪型も、その、なんて云うか、意外によかね」
 拙生がそう云って照れると吉岡佳世は口に手を当ててクスリと笑うのでありました。
「こう云う髪型、好き?」
「うん。なんて云うか、その、女らしか」
「小まめに動いたりとか、病院ではあんまりする必要のないから、束ねることもないとさ」
「ああ、そりゃそうね。」
「でも、勉強する時とか本読む時は束ねるよ、後ろに」
 吉岡佳世はそう云いながら両手で髪を後ろに纏めて見せるのでありました。
(続)
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