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枯葉の髪飾りⅩLⅤ [枯葉の髪飾り 2 創作]

 坂下先生の車の助手席に座って拙生が急に眠気に襲われたのは、病院で見た吉岡佳世の容態が、初めに考えた程無残でなかったことで一挙に気持の箍が緩んだためでありましょう。拙生の眠気を振い落すように坂下先生は車を急発進させるのであります。先生の運転は結構荒っぽくて、普段は故意に声の抑揚を抑えたようなそのリゴリスト然とした話し振りや仕草からは、意外な感があるのでありました。もっともその坂下先生の日頃の振舞いは教師であるが故の韜晦であって、ひょっとしたら本来はもっとくだけた人なのかも知れません。だから拙生の規矩を逸した行動に対しても、そんなに目くじら立てて手厳しい諫言をその口から発しなかったとも思えるのであります。
「お前、時には意外と大胆なこともするとやねえ。ちょっと驚いたぞ」
 坂下先生が運転しながら拙生に云うのでありました。
「びっくりして、前後の判らんようになったとです」
「前後の判らんようになったとしてもぞ、その後学校ば飛び出して病院まで来るとか云う行動については、もっと別の資質に関わる問題じゃなかろうか」
「済んません」
 拙生は頭を掻くのであります。
「まあよか。お前の意外な一面ば見せてもろうた気のするけん、オイとしては面白かった」
 坂下先生はそう云って笑うのでありました。「しかし規則違反ば犯した点は、担任としてこのまま見過ごすわけにはいかん」
「はい。判っとります」
「お前は、入試は世界史で受験するとやったろう、確か?」
「はい。英語と国語と世界史です」
 坂下先生は社会科の世界史と倫理社会の担当教師でありました。
「そんなら罰として、明日は体育祭の片づけで授業のなかけん、明後日の放課後まででよか、中国の歴代王朝名と成立年、そいから王朝ば開いたヤツの名前ば全部暗記してこい」
「えー、全部ですか」
「そう。殷から中華人民共和国まで全部。ま、中華民国と人民共和国は王朝とは違うけど」
「うわあ、えらかことになった」
 拙生は声を張りあげるのでありました。
「今の時期、もうとっくにそんくらい云えんばダメとぞ。明後日の放課後、ちゃんと職員室に来いよ。そこでテストするけんね。よかか?」
「はあ。判ったです」
 拙生はげんなりするのでありました。
 学校に戻るともう件のロックコンサートが運動場で繰り広げられているのでありました。
どこから持って来たのか、それとも学校に元々あったのか、ステージを照らす照明まで用意されているのでありました。夕闇迫る中にステージがほんのり明るく浮かび上がっています。拙生は坂下先生の指示でそのまま教室へ戻り、職員室へ寄った先生が来るのを待つのでありました。
(続)
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