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枯葉の髪飾りⅩⅩⅩⅢ [枯葉の髪飾り 2 創作]

「知っとるべき英単語、知っとるべき数学の公式ば知っとってこその集中力やろうもん。元々知らんなら、そのここ一番の集中力も結局使えんじゃなかか。実際のところ井渕の場合、ぼんやりしとるから切羽詰まった感覚て云うとば感じきらんとやもんね、大体が」
「人ばウスノロみたいに云うな」
 と拙生は云うのでありましたが、しかし隅田の指摘は案外当たっていないこともなく、あと入試まで三ヶ月余りに迫っていたのでありますが、それにしては切迫感が今一つ希薄であると自分でも思っていたのでありました。
「で、吉岡はどうしとったとか?」
 隅田がさりげなく聞くのであります。
「本部席の横のテントで、真面目な顔して競技ば見よった」
「ほれ! やっぱい吉岡の処に行っとったとやっか、お前は」
 隅田は歯を剥き出して拙生を嘲弄するように笑うのでありました。こんなに簡単に隅田に嵌められるのでありますから、実際拙生は結構ウスノロでありますか。
「その、人の悪か摘発癖は直した方がよかぞ。そがんことけんお前は女にモテんとぞ」
「おお、痛いところば突かれたね」
 隅田はそう云って大笑するのでありました。
「ところでお前、なんの競技に出るとやったかね?」
 拙生が聞きます。
「百メートル走。もうとっくに終わったけん、後はオイはなんもすることはなか」
 隅田はそう云って横の席に置いていた英語の参考書を手に取ります。「お前と違ってここ一番の集中力で受験ば乗り切る自信のなかけん、オイはこれから勉強ばい。そこに座っとったら邪魔になるけん、お前はまた吉岡のところにでも行っとけ」
 拙生は隅田に横の席を追い出されるのでありました。どうせ勉強するならこんな騒がしい校庭よりも教室の方がよかろうと、隅田に倣って英語の熟語でも覚えようかと拙生は教室の方へ退散するため席を立つのでありました。
 途中本部席の後ろを通ると、記録つけの仕事から解放されたのか吉岡佳世がトラックに背をむけて、立ったまま水筒の水を飲んでいる姿が目に入ったのであります。彼女も拙生に気づいて水を注ぎ分けた水筒の蓋を口許から離して笑いかけるのでありました。彼女は赤い保温水筒とコップ代わりの蓋を両手にそれぞれ持ったまま拙生の方へやって来ます。
「さっきから井渕君、校庭ばうろちょろうろちょろしよったね」
 吉岡佳世は拙生の傍に来て、コップに残っていた水を飲み干してそう云います。そんなことを云うのですから、さっき拙生がテントの後ろで彼女を見ていたことに気づいていたのでありましょうか。
「午後まですることのなかし、手持ち無沙汰けんがね」
「櫓に登ったかて思ったらすぐに降りて、今度は生徒席で椅子ば寄せて寝そべったり、校舎の方に歩いていったり、隅田君と話こんだり」
 吉岡佳世はそんな拙生が可笑しいのか、云った後に口に手を当ててくすりと笑います。
(続)
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