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枯葉の髪飾りⅩⅩⅢ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「井渕です。お邪魔します」
 拙生は頭を下げたままそう云って徐に上体を起こすのでありました。
「どうもどうも、よう来たね」
 彼女のお母さんはそう云って体の前に手を揃えて拙生に頭を一つ下げます。「ほら上がって上がって。さあ早う」
 促されて拙生は靴を脱ぎ吉岡佳世の出してくれたスリッパに足を入れるのでありました。ここでふと、そう云えば手土産の一つも持ってくればよかったかと気がついたのでありますが、もう手遅れであることは明白であります。出だしでちょっとしたしくじりを仕出かしたことになるなと、拙生は結構深刻に悔やむのでありました。
 吉岡佳世に続いて居間に入ると、そこには若い男の人が胡坐をかいて大きな座卓の前に座っているのでありました。きっと前に聞いていた彼女の大学生のお兄さんでありましょう。拙生はその人に頭を下げて、お母さんに勧められるままにその人の左の席に正座をします。吉岡佳世が拙生の横に座り、お母さんは吉岡佳世の左に、お兄さんと向かい合う席に座ります。拙生と吉岡佳世の向いの、今のところ空いている席が床の間の前でおそらくこの家の主人、つまり彼女のお父さんの席なのでありましょう。そこが空いていると云うことは、多分その内彼女のお父さんも現れると云うことかと考えて、拙生は背筋に緊張を覚えるのでありました。
「ああそうそう、ご飯ば並べんばやった」
 彼女のお母さんは席につくなりそう云って、両手を卓についてよっこらしょと云いながらまたすぐに立ち上がり、台所の方へ小走りに向います。拙生はちゃんとした挨拶をしようと口を開こうとした途端でありましたから、肩透かしを食らった感じで口を開いたまま彼女のお母さんの背中に視線を投げるのでありました。
「ほら、お母さん、挨拶が先」
 拙生のまごつきを察して吉岡佳世が台所に声をかけます。それから拙生に「ねえ」と云って困ったものだと云うような目をして見せます。
「そうやった、そうやった」
 彼女のお母さんは再び居間に小走りに入ってきて、先程の席に腰を下ろします。
「あのう、吉岡さんと同級生の井渕秀二て云います。今日は呼んでいただいて有難うございます」
 拙生がそうたどたどしく挨拶して頭を下げると、どう云うわけか横の吉岡佳世まで一緒に頭を下げるのは、拙生の動作につい釣られたのでありましょう。彼女のお母さんも同じように頭を下げます。
「いつも佳世が学校でお世話になっとるようで、有難うございます」
 彼女のお母さんは頭を起こしながら云います。「これからも宜しくお願いしますね」
「あ、いやあ、此方の方こそ」
 拙生はもう一度頭を下げるのでありました。今度も吉岡佳世は拙生の仕草に釣られて拙生と一緒に頭を垂れるのでありました。
(続)
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