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枯葉の髪飾りⅩⅩⅡ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 そう云うわけで九月の或る日曜日に、拙生は吉岡佳世の家に行くことになったのでありました。昼食を一緒にと云うことのようであります。いくら歓迎してくれるはずであると判ってはいても、彼女の家族に会うのはなんとなく気が重いのでありました。とりあえず好印象を持ってもらわねばと、出掛ける前に風呂に入って髪の毛も整えて、ハンカチもアイロンのかかったものを妙な折り目がつかないように慎重にポケットに入れて、夏の制服のシャツもなるべくよれていないものを選んで、ズボンの埃を払って、靴下も新品を選んで、靴も汚れを拭いて、拙生は妙に固い表情で彼女の家に向かうバスに乗りこむのでありました。こう云う手間ひまが実に面倒臭くてそれで気が重かったのであります。
 拙生の乗り降りするバス停から四つ目の停留所の近くに病院と公園があって、彼女の家の最寄りのバス停はそれよりまた四つばかり先にあるのでありました。ちなみに我々の通う高校はその彼女の家の近くのバス停より、丁度拙生の家から彼女の家までの距離の分更に先に行ったところにあるのであります。
 休日の昼近い時間はバスもまったく混んではいなくて、日曜日のこんな時間に学校方面へ向かうバスに乗るのは実に稀なことで、その閑散とした車内の様子が結構新鮮ではありました。しかしそう云う小さな発見と云うのか驚きと云うのか、そんなものも拙生の重い気分を晴らしてくれる程ではありませんでしたが。
 吉岡佳世は彼女の家の最寄りのバス停で拙生が来るのを待っていてくれました。
「よお、来たばい」
 拙生は彼女に手を挙げてそう云うのでありました。吉岡佳世も笑って手を挙げます。
「なんかいつもより、ぴしってしてるね、雰囲気が」
 吉岡佳世がゆっくりと頷くような風に顔を何度か上下させて、拙生の頭から足の先までを丹念に観察しながら云うのでありました。
「そりゃ、汚か恰好で来るわけもいかんやろうけん」
「シャンプーの香りのする」
「出掛ける前に風呂にも入ってきたとばい」
「ふうん」
 吉岡佳世がにこにこと笑います。拙生もなんとなく笑い返すのでありました。拙生と彼女は自然に手を握って歩き出します。二人で居る時はいつも手を繋ぐのが、もう当たり前になっておりました。手を繋ぐと拙生の重い気分が幾らか軽くなったような気がしました。
 バス停から民家が両側に並ぶ大きくカーブした坂道を少し上った辺りに彼女の家はありました。玄関先に立って我々は繋いでいた手を離します。今まで拙生の掌に触れていた手で彼女は玄関の引き戸を開けます。拙生は急に胃が喉元までせり上がってくるような感覚を覚えるのでありました。
「来らしたよ」
 吉岡佳世が奥に向って声を大きくして云います。すぐにスリッパを履くらしい音がして、彼女の母親と思しき人が奥の部屋から出て来るのでありました。拙生はよくその人の顔を見もしないですぐに頭を下げるのでありました。
(続)
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