SSブログ

枯葉の髪飾りⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「井渕君、一度あたしの家に遊びに来ん?」
 吉岡佳世が云うのでありました。
「お前ん家にか?」
 拙生はベンチのすぐ横に座っている彼女の顔を覗きこみながら聞きます。「なんで?」
 九月になってまだ夏の暑さはうんざりするくらい残ってはいるものの、いくらかその暑気に疲弊したような色合いが混じりつつある、病院裏の公園でのことでありました。すぐ横の銀杏の木にはまだ青々とした葉群れが幹を隠すくらいに被さっていて、少し強い風が吹くと葉擦れの音をはらはらと拙生と吉岡佳世の頭の上に振りかけるのであります。
 夏が終わって、吉岡佳世はなんとか無事に期末試験の残りにも片をつけて、特に病状の悪化もなく新学期を迎えたのでありました。二人で海に出かけた後辺りから、多少日焼けしたせいもあるからか、彼女の顔色に生気が出てきたと感じたのは拙生の贔屓目だけではないでありましょう。海へ行ったことが彼女の体調に悪い影響を与えはしないかと心配していたのでしたが、むしろ彼女の様子は前よりも生き生きとしているように窺えるものだから、拙生は秘かに胸を撫でおろすのでありました。
「お母さんのね、一度井渕君に会ってみたかとて」
「ふうん。なんの用やろうか」
「特別の用て云うのやないけど、あたしがお世話になってるけん、お礼ばしたかとやろう」
「別に大したお世話はしとらんように思うばってん」
「期末試験のこともあるし、海に連れて行ってもらったこともあるし」
「お母さんに会うとは、なんか照れ臭かね」
 拙生は尻ごみします。
「そがん云わんで、来てよ」
 風が吹いて銀杏の木がさざめいて、行け行けと拙生を唆します。
 九月に入ると拙生はもう病院に通うことはなくなったのでありました。続いていた不整脈もほぼ治まって、ようやくに病院とは縁切れになれたのであります。吉岡佳世の方は夏休みの間は週に一回木曜日に通院していたのでありましたが、学校が始まると木曜日と云うのは時間的に無理があるので、土曜日に通院日を変更したのでありました。ですから拙生と吉岡佳世の公園での逢瀬も土曜日に変更と相なったのであります。
 土曜日、学校が終わると彼女は一足先に病院へと向かいます。彼女の診療時間やら薬を貰う待ち時間等を考慮して、拙生はなんとなくぐずぐずと暫く学校で過ごして、それからバスで公園へ向います。大概拙生が先に公園に来て彼女が現れるのを待つのでありました。 
 本当は土曜日だけではなくて毎日でも彼女と二人だけの時間を持ちたかったのではありましたが、受験生と云う立場上それも儘ならず、まあ、他の日は同級生の目を憚って、皆が下校する時間より少し遅く一つ先の停留所で待ちあわせて、バスに乗って一緒に学校から帰るくらいが関の山でありました。別に友人等に隠す理由もなかったのですが、二人だけで居るところを殊更見せつけるような真似はしないで、目立たないよう振舞っていたのは、その方が自分達が楽しかったからに他ならないでありましょう。
(続)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。