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枯葉の髪飾りⅩⅨ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 どんなにはしゃいでいても、きっと彼女の頭の中にはいつも自分の病気と向き合わざるを得ない苛烈な現実が鋭い棘のように浮き出ていて、そのはしゃいでいる自分をなにかの拍子に不意に突き刺したりするのでありましょう。重くて、彼女のその華奢な体で背負うには余りに深刻な現実。・・・・
「全部大丈夫。二学期も元気で過ごせるに決まっとるし、手術もうまくいくに決まっとる」
 拙生は云うのであります。「もっともオイが受け合っても、オイのノートと同じであんまい頼りにはならんばってん、そがん気のする。これで結構、オイの予測は当たるとぞ」
 こんなものが彼女の頭の中に巣食う鋭い棘に対抗出来る言葉でありましょうか。それに彼女の病気の重篤さも、彼女の不安も孤独も本当は何も知らないくせに、あまりに易々とそんなことを受け合う拙生と云うものはなんと軽はずみな人間であることでしょう。そう思うと拙生は自分の今吐いた言葉にうんざりして気が滅入ってくるのでありました。
「そうね、井渕君にそう云われると、なんか大丈夫のような気がしてくる。それに手術せんことには、あたしのこの先はちっともはっきりせんわけやからね」
 吉岡佳世は海の遠くで煌めく波を見ながら云うのでありました。
「手術もうまくいって、元気になって、オイも大学受験に成功して、来年の夏にまたこうして海に来て、さっきのごと水のひっかけあいばして遊ぼうで」
「うん、そうね。そうしようね」
 吉岡佳世は拙生を見ながら頷くのでありました。
「オイは受験に、お前は手術にむけて頑張るだけ。他は当面なあんも考えんことぞ。そして来年の夏にまた二人で此処に来る」
「そして此処で、水のかけあいばする」
 吉岡佳世は笑い顔をして云います。
「そうそう」
「井渕君は大学生で、あたしは・・・・、あたしは高校三年生かも知れんね」
「仮にそうなったてしても、それでも再来年には高校卒業出来るやっか。一年ぐらいはどうてことなかくさ。オイの場合も浪人て云う可能性もあるとばい。そうなりゃ一緒々々」
「井渕君になんとなくあっけらかんとそう云われたら、本当に手術のことも、落第のこともどうてことないような気がしてきた」
「まだ落第するて決まったわけじゃなかし」
「それはそうやけどさ」
「ところで高校卒業した後、お前どうすると?」
 拙生は努めて軽い口調で聞きます。
「うん、あんまりはっきり考えたことなかったけど、大学受験、しようかな」
「おう、それはよか。どうせなら東京の大学ば受験せろ。一緒に東京で大学生ばしようで」
「そうなったら、きっと楽しかよね」
 吉岡佳世は眼を輝かせて云うのでしたが、その輝きの中にほとんど実現しそうにない夢を語る時の、諦めの色あいが滲んでいるのを拙生は見つけるのでありました。
(続)
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