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枯葉の髪飾りⅩⅧ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 逆上せ上っているものでありますから、拙生は砂遊びをしている小さな子供に躓きそうになったり、置いてある誰かの浮輪を踏んづけたり、波打ち際の湿った砂に履いていたゴム草履をとられてつんのめったりしながら、なんとも不格好に歩くのであります。ちっとも颯爽と歩けないことを拙生は吉岡佳世に申しわけなく思うのでありました。
 しばらく歩くと砂浜が尽きて岩場に突き当たるのでありますが、拙生と吉岡佳世は岩場に上がって磯遊びなど始めるのでありました。拙生の真似をして吉岡佳世は磯巾着の触覚を恐る恐る指で触れたり、拙生の捕まえた小魚を両手で受け取って繁々と見つめた後潮溜りにそっと返したりします。
「ずうっと日向に居って疲れんや?」
 拙生は聞きます。
「ううん、大丈夫」
 吉岡佳世が笑って首を横に振ります。
「疲れたぎんた云えよ」
「何年ぶりかでこんなことして、楽しか」
「心臓の頑丈じゃなかとやけんが、無理したらだめぞ」
「大丈夫だって」
 吉岡佳世はそう云って拙生の心配が煩いとでも云うように、水に濡れた人差し指を弾いて拙生の顔に水滴を飛ばします。拙生は咄嗟に目を閉じてその飛沫の攻撃を受け、その後目を開けると吉岡佳世が悪戯っぽい笑いなどして拙生を見ているのでありました。拙生は即座に反撃します。彼女は目をしっかり閉じて口を引き結んで拙生の反撃の飛沫を顔に受けます。そしてすぐに反撃の反撃に出てきます。あ互いにわっとかきゃっとか云いながら何度かそう云う攻防を繰り返して、兎も角引き分けと云う感じで折り合いをつけて停戦したのでありましたが、吉岡佳世はふうと息を吐いてしばらく黙った後云います。
「もう今年の夏は無理やろうけど、また来年二人で海に遊びに来たいね」
「うん、そうね」
 なんとなくしんみりした彼女の云い様につられて拙生もゆっくりとした口調で云います。
「来年、あたしどうなってるとやろうか」
「当然病気の治って、もっと元気になっとるくさ。そしたら来年はお前も泳げよ」
「本当に病気、治っとるとやろうか」
「治っとるに決まっとるくさ」
 拙生はさも明々白々な決定事項のようにそう云いつのります。
「来年はもう井渕君、東京で大学生になってるとよね」
「うん、一応予定では」
「あたしはまだ、高校三年生かもしれん」
「そがんこと云わんで、ま、残っとる期末試験ば取りあえず頑張れ」
「試験は頑張っても、その後二学期もあるし、冬には手術もあるし」
 吉岡佳世の声が心細げに雲一つない夏空に消えていくのでありました。
(続)
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