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枯葉の髪飾りⅩⅦ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 手を繋いでゆっくりと二人は波打ち際を歩くのでありました。
「誰か知っとる人間に見られとるかも知れんぞ」
 拙生が云います。
「いいやん、見られてても、別に」
 吉岡佳世が返します。拙生の小心さに比べて彼女のこの大胆さはどうでありましょう。
 暫くはそうやって手を繋いでいたのでありますが、あまりの気恥ずかしさから拙生は遂にその手を離してそれを頭に遣って、別に痒いわけでもなかったのですが頭をあちこち搔いたりするのでありました。なんとなく二人は立ち止まります。
「あたしさ」
 吉岡佳世が拙生に笑いかけながら云うのであります。「あたしさ、ずっと前から考えてたとやけど、病気が治ったらこうして手を繋いで大好きな人と海辺ば歩いてみたかったの。でも、実際はまだ病気治っとらんし、治るかどうかもはっきり判らんとやけど」
 拙生はその彼女の言葉に頭を掻く手を止めるのでありました。真上にある夏の太陽が拙生の頭に置いたままの掌の甲を焦がします。口元は笑ってはいるものの、被った麦藁帽子の陰のせいで彼女の眼の表情が拙生にはよく見えないのでありました。吉岡佳世は動きを失くした拙生を置いて一人、またゆっくりと波打ち際を歩きはじめます。
 拙生は一人歩きだした彼女の背中をしばらくその儘見ていたのでありますが、少し離れてからようやく彼女の後を小走りで追うのでありました。彼女の横に並ぶと彼女の歩調に合わせて速度を落とし、先程までと同じ様にすぐ横に並んで歩きだします。それから意を決して自ら彼女の手を取るのでありました。
 歩きながら彼女が拙生の方へ顔を向けます。照れ臭くて拙生は彼女の視線を避けて前を向いたままで居るのでありますが、拙生の片頬に彼女の視線を感じていてその辺りがカッと熱くなるのでありました。つい、今度は手を繋いでいる反対側の手を上にやってまた頭を掻きだすのであります。全く以って不慣れでもあったし、こう云う場面は実にどうも苦手であるなあと、拙生はその痒くもないのに掻かれる頭皮の内側で考えるのでありました。
「井渕君今まで誰かと手繋いで、こんなして歩いたことある?」
 吉岡佳世がそうゆっくりとした口調で聞きます。
「いや、なか。体育祭の後のフォークダンスの時は手ば繋いだことあるばってん」
「誰と繋いだと?」
「誰て、そがんと覚えとるもんか。フォークダンスけん不特定多数くさ」
「そん時、どがん感じのした?」
「少しどきどきした」
「今は?」
「目茶苦茶どきどきしとる」
「あたしも、どきどきしてる」
 吉岡佳世がそう云って手に力を籠めて拙生の手を強く握るのでありました。拙生は頭の中が長風呂の後のように逆上せてしまってぼんやりしてくるのでありました。
(続)
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