SSブログ

枯葉の髪飾りⅩⅥ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 吉岡佳世は小屋から砂浜にぴょんと飛び降りると上体を屈して、穿いていたジーパンの裾を絡げ始めます。彼女の背骨の凹凸が白いTシャツの上に浮かび上がっているのを、拙生はなんとなく眺めているのでありました。華奢な背中でありました。
 拙生と吉岡佳世は砂浜を歩いて波打ち際へ向います。彼女のビーチサンダルに熱い砂が絡みついて、彼女はいかにも歩きにくそうに拙生の後ろをついて来るのでありました。水に濡れた辺りまで来ると、打ち寄せる波音に怖じたように彼女は歩を止めます。
「いい匂いのするね」
 吉岡佳世が海の遠くに視線を馳せながら云います。「久し振りに海の匂いばこんな近くで嗅いだけど、なんかとっても懐かしか気のしてくる」
 拙生は彼女の云う海の匂いと云うのがよく判らないのでありました。船からこの浜へ降り立った時の強い潮の匂いは充分に感じたのではありますが、波打ち際でその匂いが殊更強調されるようでもなかったし、他の匂いがしたのでもありませんでした。
「小屋で嗅ぐ海の匂いと波打ち際の匂いは違う? オイはあんまいその違いが判らんけど」
「違うよ。焼けた砂の匂いとか木の間を通ってきた風の匂いとか、人の匂いとかがここでは混じらんけん、すっかり海だけの匂いがするもん」
「ふうん、成程ね。そう云われればそがん気のしてくるけど」
 拙生は鼻の穴を広げて大きく息を吸い込みます。しかし拙生にはその海だけの匂いと云うのが矢張りよく判らないのでありました。肺いっぱいに吸い込まなければいかんのかも知れないと思って、今度は眼を剝いてあらん限りに胸を開いてもう一度息を吸い込んでみるのですが、やはりしかとはその匂いは拙生の鼻の中には残らないのであります。
「きゃっ! 水、結構冷たかとね」
 そんなことをしている拙生の横を通り抜けて、打ち寄せる波の端に足を踏みこんだ吉岡佳世がはしゃいだ声をあげます。「でも、気持ち良か」
 彼女が波の端を踏みながら、拙生がその横を、並んでしばらく二人して浜辺を歩くのでありました。彼女は時々立ち止まって少し顎を上げて海の彼方に視線を投げます。その気持ちよさそうな横顔を見ていると拙生もなんとも良い心地になってくるのでありました。
 吉岡佳世が突然海へ向けていた顔を拙生の方に回して、徐に手を差し出します。拙生は先ずそのか細い指を見て、そのあと視線を上げて彼女の顔を見ます。
「手、繋ごうか」
 吉岡佳世が云います。「ほら、早う」
 戸惑ってまごまごしている拙生に彼女が言葉を重ねるのでありました。それでもどうしていいのか判らないで居る拙生に焦れて、彼女は自分から拙生の手を取るのでありました。柔らかで熱くて少し湿っている様な彼女の掌の感触を漏らさず感じ取ろうと、拙生の全神経が我が掌に総動員されるのであります。云ってみれば拙生の頭の中は彼女の掌にすっかり掴み取られてしまうのでありました。そうして、さてどの位の力で彼女の掌を握っていいものやら判らなくて、拙生の指は硬直しています。思ってもみなかった成行きに拙生は緊張して、只々途方に暮れるのでありました。
(続)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

枯葉の髪飾りⅩⅤ枯葉の髪飾りⅩⅦ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。