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枯葉の髪飾りⅩⅤ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 暫く吉岡佳世との言葉のやり取りが途切れた拙生の耳に波音が急に大きく聞こえだします。その波音に促されたように彼女は終わった昼食の後片付けを始めるのでありました。彼女は空いた弁当のタッパーの中に使った拙生と彼女の箸を入れ蓋をして、それを大ぶりのハンカチで包んで手提げバックに仕舞います。拙生と彼女の間に俄かになにもない空間が出現します。
「麦茶、もっと飲む?」
 彼女が小首を傾げて拙生に聞きます。
「ああ、貰おうかね」
 拙生が空いた紙コップを差し出すと、それを受け取って彼女は水筒から麦茶を注ぎ入れます。拙生は彼女の横顔をぼんやりと見るのでありました。少し俯いているために前髪が目に掛かっていて彼女の表情を薄く隠しています。後ろで束ねた髪の端が肩の辺りでくるりと巻いていて上に跳ね上がっているのが、拙生にはなんとも可愛いらしく見えるのでありました。
「ところで期末試験の勉強の方はどうや?」
 拙生は彼女の横顔に話しかけます。彼女は拙生の方を向いて口をへの字にしてみせます。
「全然だめ」
 そう云いながら彼女は麦茶を入れた紙コップを拙生に手渡してくれます。
「て云うと?」
「大体が授業受けてないから判らんことだらけやし、こうなったら井渕君の貸してくれたノート、丸暗記するしかないて思うよ」
「オイのノートはあてにならんぞ」
「でも井渕君は期末試験、全部大丈夫やったとやろう?」
「ま、赤点はとらんやったばってん」
「だったらノートば信頼して、やっぱり丸暗記でいこう」
 吉岡佳世はそう云って水筒の蓋を掌で何度か軽く叩きながら頷くのでありました。肩の辺りにある髪の毛の端が彼女の頷きに合わせて軽やかに上下します。
「ま、取り敢えずなんとか頑張れ」
 拙生はいい加減な励ましの言葉等を口に上せるのでありました。
「それよりせっかくやから、少し水の中に入ってみようかしら」
 彼女が云います。
「え、水に入るて?」
「うん、久し振りに海に来たとやから、せめて足だけでも水に浸けてみようかて思うてさ」
「ああ成程、そう云うことね」
「波打ち際ば少し歩くくらいなら水着も要らんし」
 彼女は脇に置いていた麦藁帽子をとるとそれを頭に載せて立ち上がります。「ほら、井渕君も一緒に行こう」
 彼女の笑顔に促されて拙生も立ち上がるのでありました。
(続)
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