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枯葉の髪飾りⅩⅠ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 乗合船から白浜海水浴場の桟橋に足を下ろすと、夏の海辺の開放感が焼けたコンクリートの熱さに姿を変えて足下から伝わってくるのでありました。拙生と吉岡佳世、それに乗合船から桟橋に下り立った他の海水浴客を、三方を取り囲む紺碧の海が桟橋に打ち寄せる波音の合唱で迎えるのであります。
 斜面に沿って細い砂の道を傍の砂浜まで歩くのでしたが、拙生のすぐ後ろに居る吉岡佳世の被った麦藁帽子のつばが、時々拙生の後頭部に当たるのは拙生と彼女の距離がごく近いと云うことで、拙生はなんとなく背中を緊張させて歩くのでありました。
「足ば滑らせんごと、気をつけんばばい」
 拙生は眼を自分の足元に落としたまま後ろの吉岡佳世に云います。
「うん判った」
 吉岡佳世はそう返事はしたものの、なんとなく足元が頼りないのか時々拙生の腕にその掌を回して掴まろうとします。拙生の背中の緊張感が腕に飛び火します。
 細い砂の道が尽きる辺りに骨組みを筵で囲っただけの売店があって、そこで一畳程の茣蓙を一枚百円で貸し出していているのを借りて、拙生はそれを小脇に抱えて彼女と並んで砂浜を歩くのでありました。休んだり持参した弁当を食べたりするための、誰でも自由に使える木の柱と屋根だけの高床の小屋が何軒か砂浜に造ってあって、そこへ借りた茣蓙を広げて荷物を下ろします。
「水着に着替えておいで。あたし此処で荷物番してるけん」
 吉岡佳世が拙生に云います。
「うん。お前は泳がんとやろう?」
 拙生が聞くと彼女は笑って一つこっくりをします。拙生は彼女をそこに残して海水パンツを持って小屋から降りて、ゴム草履からはみ出た足の小指に焼けた砂の熱さを感じながら、小屋よりもっと奥にある筵囲いの更衣所へ向かうのでありました。
「ひと泳ぎしてくるぞ」
 更衣を終えて戻ってくると拙生は小屋に上がらずに吉岡佳世にそう云います。
「うん、泳いでおいで」
 彼女に見送られて拙生はゴム草履をその場に脱いで砂浜を海に向かって走るのでありました。焼けた砂浜の熱さに耐えて砂浜を横断するには走るしかないのであります。
 海に到達してもそのままの勢いで膝くらいの深さまで海の中を走り、足を上げるのが大義になると歩いて、臍の深さに達するとそこから沖に浮かべてあるドラム缶で出来た筏の方へ向って泳ぎを開始するのであります。途中で泳ぎを止めて仰向けに浮かんで砂浜の方を振り返ると、小屋の中で立ち上がって腰に片手を当ててもう片方の手を額に翳して、こちらを見ている吉岡佳世の姿を認めることが出来ました。拙生はひょんな切っ掛けから吉岡佳世と二人で、こうして夏の海に遊びに来ることが出来たことが無性に嬉しかったのであります。拙生は海から彼女に向って手を振ります。それを認めて彼女も海の中の拙生に手を振り返すのでありました。
(続)
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