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枯葉の髪飾りⅨ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「井渕君の親切を無駄にしないよう、一生懸命試験頑張るであります」
 吉岡佳世はそい云って頭を下げるのでありました。
「まあだ試験まで二週間くらいあるけん、もしノートの内容で判らんところのあったら、今度聞いてくれれば説明するけんね」
 これは実は、来週も拙生はここに来るつもりだと云うことを暗に彼女に伝えているのであります。
「うん判った。色々とよろしくお願いします」
 この返答は拙生のその言外の謂をちゃんと酌んだ上での返答であるのかどうか、拙生は腹の中で彼れ是れ彼女の言葉を解読しようとするのでありました。
「ああ、序でに・・・・」
 拙生はそう云ってまた鞄の中をごそごそするのでした。「これは七月の期末テストの試験問題。一応渡しとくけんね」
 拙生は二つ折りにしたプリントを五枚取り出して彼女の手に渡そうとするのでありました。彼女がそれを受け取るのを少し躊躇ったのは、その問題用紙を試験の前に見てしまうことに抵抗があったためでありましょう。
「絶対にこれと同じ問題の出るとは限らんし、期末試験の問題用紙ば事前にお前が見るかも知れんことは先生の方でも判かっとるやろうけん、あんまり問題はなかて思うぞ」
 拙生はそう云いながら彼女の目の前に試験問題のプリントをひらひらと振ってみせます。彼女はなんとなく納得がいかないような素振りでプリントを受け取るのでありました。
「じゃあ、一応井渕君の好意と云うことで借りとこうかね」
「そうそう、蝉も借りとけ借りとけて鳴いとるし」
 二人の頭上で蝉が急に鳴きだしたのでありました。
「蝉は関係ないやろう」
 吉岡佳世はそう云って拙生に笑いかけるのでありました。
 まだ夏の温気を充分に含んだ風が木々の間を抜けて、この銀杏の木の傍のベンチへ吹きつけます。風に仄かな潮の匂いが混じっているのは、公園の先の造船所の向こうにある海からの風であるためでしょう。
「夏休みて云うとに、海に泳ぎにも行けん」
 拙生はそう云いながら風を顔の正面に受けるために、頭の後ろで手を組んで少しばかりふん反り返るような仕草をします。
「受験生やもんねえ。今年の夏は仕方ないやろうねえ」
 吉岡佳世が拙生を慰めるような口調で云います。
「今度の日曜日は補習授業のなかけん、気晴らしに一緒に海にでん行こうか?」
「あたし海は行けん」
「ああ、海は体に障るか」
「せっかくノート貸してもらったから、試験の勉強もせんといけんし」
(続)
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