SSブログ

枯葉の髪飾りⅧ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 つぎの週の木曜日、拙生は病院での受診を終えて、頼まれたノートを携えて、公園のいつもの銀杏の木の傍のベンチで吉岡佳世が現れるのを待つのでありました。ひょっとして病院の中で逢うかも知れないと思ったのでありますが、二階の循環器科の待合室でも、一階の薬局で薬を貰って会計の窓口で会計を済ませても、彼女の姿を見かけることはありませんでした。拙生は一人公園の中に入って件のベンチに腰掛けて、体を後ろに捩じって背もたれに組んだ腕の片方を掛けてその上に顎を乗せ、木の間隠れに見える病院の建物の方を見ながら彼女を待つのでありました。
 その日彼女はなかなか姿を見せませんでした。目の前の草叢で飛蝗が跳ねて一本高く伸びた草の茎に飛び移ります。草の茎がメトロロームのように揺れるのを拙生はぼんやりと見ているのでありましたが、そのせいで彼女がすぐ横に立ったのに気づかなかったのでありました。
「ご免、待った?」
 吉岡佳世はそう云って拙生に笑いかけ、この前のように拙生の横に腰をおろします。
「ああ、いや、ちょっとだけ」
「少しお医者さんと話していたけん、遅くなってしまったの」
「手術のこと?」
「うん、それもあったしこの半年の経過説明もあったし。ちょっと時間のあるから少しこれまでのこととか、今後のことについて話そうかて云われて、それで。まあ、もう何回も聞いたことやけどね」
「ふうん」
 拙生はその後「おお、そうだ」と続けて自分の鞄の中をごそごそと探り、倫理社会と数学Ⅲのノートを取り出すのでありました。「ほれ、この前約束したノート」
「有難う。恩に着ます」
 彼女はそう云って拙生からノートを受け取ります。
「数Ⅲはあんまり参考にならんかもしれんぞ。不得意科目けんがね」
 拙生が云うと彼女はその数Ⅲのノートを開いてみるのでありました。
「前から思うてたけど、井渕君て結構綺麗にノート書くね」
「見た目の綺麗さと内容は別ばい」
「あたしも数Ⅲは不得意けん、このノートをちゃんと読めるか不安やけど」
「ああ、それと・・・・」
 拙生はそう云ってまた鞄の中をごそごそします。「これは英語と日本史のノート。国語のノートはなんとなく人に見せる程のことは書いとらんけん、持って来んやった」
 拙生が差し出すもう二冊のノートを吉岡佳世は受け取って、四冊を纏めて両手で胸の前に抱えるように持つのでありました。
「じゃあ、遠慮なく借りるね」
「そのノートで勉強したせいで試験ば仕くじったとしても、オイは責任持たんけんね」
(続)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

枯葉の髪飾りⅦ枯葉の髪飾りⅨ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。