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枯葉の髪飾りⅥ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「ま、先のことを今心配しても始まらんと思うぞ」
 また同時に声を発する前に拙生が先に云います。しかしこんな程度の言葉が、咄嗟に云うはずだった調子の良い励まし以上のものでありましょうや。
「そうね。それはそうよね、きっと」
 彼女が云います。「ま、なるようになるか」
 吉岡佳世はそう続けて肩を軽やかに一回竦めた後、拙生に笑いかけるのでありました。
「そうそう、なるようにしかならん」
「なんか、井渕君にそう云われたら気持の軽くなってきた」
「そうかい」
「井渕君はどこか雰囲気がポワンとしてて、いつも心此処に在らずて云う顔してるし、よう判らん人て思うとったけど、そのよう判らん人に、なるようにしかならんて云われると、なんか説得力がある感じがする」
「なんやそれは」
 拙生は友人等と喋っていても一人別のことを考えていて、今の会話に力が入っていないなどとよく謂れのない批判を受けるのでありましたが、特段そんなことはなくて、そう見えるのは偏に拙生の表情がいつも弛んでいるからなのでありましょう。確かに拙生は例えば喉がこれ以上ないと云うくらい渇いている時には、冷たい緑茶を出される方がいいかそれとも麦茶か、凍る位に冷えた紅茶か或いは水がいいのかとか、つくつく法師と云う蝉はその名の通り「つくつくぼーし」と鳴いているのか、それとも「おーしーつくつく」と鳴いているのかどっちかなどと云うことを、突然なんの脈絡もなく考え始める性質があるにはあります。たとえ学校の先生と卒業後の進路について話している時でも、父親にお小言を頂戴している最中でも、友達と最近話題の映画の話をしている場合でも、本人も何故そうなのか判らないながら急にそう云うことを結構熱心に考え出すのであります。これは我がオツムのまことにもって困った性向で、そう云う辺りが前に述べた批判を許す所以でありましょう。しかし現在進行中の会話の方もちゃんと聞いてもいるのであります。
「ポワンとしているて云うのは、つまりなんか総てを達観しているように見えるって云うことで、一応褒め言葉としてあたしは云ったのよ」
 吉岡佳世が云います。
「ふうん。褒められた気がちっともせん」
「兎に角、あたしの気持ちは軽くなりました」
 吉岡佳世は笑って断定的にそう云うのでありました。
 公園の中にまた風が侵入して来て、銀杏の木が葉擦れの音を拙生と彼女の頭の上に降らせるのでありました。それは陽の傾いた頃の海の波音に似ているのでありました。拙生は吉岡佳世と二人で夕暮れの広い海の中に浮かぶ船の縁に並んで腰かけて、波間を漂っているような錯覚を覚えるのでありました。なんとなく甘やかな錯覚でありましたが、そんなことを考えているとまた彼女にポワンとしていると云われそうです。
(続)
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