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枯葉の髪飾りⅤ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「ぐうぐうなんか寝とらんぞ、オイは」
「じゃあ、すやすや?」
「いや、そう云うのとも違う。まあ、うつらうつらて云うか」
「とにかく寝とったのよね。受験生のくせにそんな気楽にしてていいと? 早う帰って勉強せといかんのやないの?」
「受験生でん暫しの休息て云うとも必要くさ」
 拙生はそう云ってふてぶてしそうな笑いをしてみせるのでありました。「そう云うお前は、受験、どがんすると?」
「受験ねえ。無事に三年生を終えられるかも判らんから、さて、どうするか」
 彼女はまるで他人ごとのような口調でそう云うのでした。
「落第か? ばってんまだ大丈夫とやろう」
「これからの出席日数次第やろうね。一学期の期末テストも全科目受けとらんし」
「ああそうやったっけ」
「受けられんやったテストは、夏休みの間に特別に受けさせて貰えるって、先生に云われてるとやけどね」
「じゃあ、問題なかやっか。病気の方も良うなっとるようやし」
「でもね」
 彼女はそう云って拙生から目を放すのでありました。「このまま体調が崩れんでいてくれるかしら、あたしの体は」
 その後、彼女は俯きながら続けます。「冬休みに手術になるやろうね、順調にいけばね。そこまではなんとか大丈夫やったとしても、手術の後にどうなるか・・・・」
 そう云う彼女の語尾とちょうど重なって、理不尽になにかをわし掴みにするような蝉の鳴き声が、すぐ傍の銀杏の木の幹からいきなり聞こえてきたのでありました。その蝉の声は暫くの間辺りの空気を激しく振動させます。その振動に拙生が次に返すはずの言葉が、見事に遮られてしまったような気がするのでありました。もっとも「手術の後にどうなるか・・・・」と云う、結構重たい彼女の言葉に対して、拙生はどんな言葉を返せば良いのか咄嗟には思いつかずに、なにやら調子の良い励ましくらいしか口から発せなかったでありましょうが。だからその蝉の声に拙生は秘かに感謝するのでありました。蝉は暫く銀杏の木の幹に留まって、いっぱいに巻かれた発条が一挙に撓む時のような声を、拙生と彼女の頭の上に降らせ続けるのでありました。なんとなくその間は拙生も彼女も、その声に抗してまで言葉をやり取りすることはありませんでした。
 蝉はいきなりその声を止めて銀杏の木の幹から飛び去ります。余波のような空気の振動が収まってから、拙生と彼女は同時に言葉を発しようとしました。お互いがお互いの言葉の出端に遠慮して、二人同時に今云おうとした言葉を飲みこみます。なんと云うタイミングの良さ、或いは悪さでありましょう。こう云うことは会話をしていてよくありますが、拙生はなんとなく黙った後の一瞬の沈黙がとても苦手でありました。
(続)
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