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ぎゅうにゅうⅨ [ぎゅうにゅう 創作]

 あの美しい黒い肌と見事な腹筋を持ったぎゅうにゅうが、悪人であるはずはないのであります。美しい肉体と優しい態度、それに英語が喋れて物識りである彼を冒涜する輩は、当人が穢れているが故に彼を賤しめることで己の汚さを隠そうとするのです。等と、まあ、拙生はそう云ったことを小学生が知っている限りの言葉で考えるのでありました。
「もうそろそろ帰るけん、着替えてあそこの売店の辺りで待っとれ」
 従兄弟は松林から砂浜に入る辺りにある、ジュースやパンや水中眼鏡、海水や砂を洗い落とためのバケツ一杯幾らの真水を売っている、筵で囲った小さな売店を指示するのでありました。そうしておいて自分達はもうひと泳ぎしてくると云って、また海へ入って行くのであります。
 拙生は岩場の潮溜まりで遊んでいた時、履いていたゴム草履と、小魚を捕まえて水中眼鏡に入れたまま置いてきたのを取りに行こうと、潮が引いてかなり遠くまで岩礁が露出してしまった岩場を、突端まで富士蕾で足裏を傷つけないよう注意しながら向かうのでありました。自分のゴム草履と水中眼鏡を見つけて、草履に足指を入れ、水中眼鏡の中の魚を逃がすためにもっと海際まで岩の上を歩きます。
 日が傾いた頃の方が真昼よりも岩を洗う波音が高く聞こえます。それはまるで人が居なくなるのを喜ぶような、海の密やかな歓声のように聞こえるのであります。その歓声を掻い潜るようにトプンと海面を叩くような異質の波音がしました。岩場の先の深い辺りに人影が見えます。
 人影が海から顔だけ出してこちらに笑いかけます。
「あの二人は、もうそこにおらんか?」
 ぎゅうにゅうが立ち泳ぎしながら拙生に言葉を投げるのでありました。彼の手足がまるで海草のようになよやかに、しかしせわしなく海中で動くのが見えます。
「もうひと泳ぎしてくるて云うて、また沖の方に行かした」
「またここに戻ってくるとか?」
「いいや、泳いだら、あそこの売店で僕と待ち合わせして帰ることになっとると」
 ぎゅうにゅうは自分の近辺にあの二人の姿がないかどうかを、首を四方に巡らして注意深く確かめるのでありました。
「こっちに上がっておいで」
 拙生はそう誘うのでありましたが、ぎゅうにゅうは岩場から一定の距離をとって、決して泳ぎ寄ってはこないのでした。
「またあいつ等の来たら面倒やっか」
 彼ははそう云って拙生に笑いかけ、続けます。「よかか、ちょっと見とれよ」
 ぎゅうにゅうはこちらに顔を見せたまま横泳ぎで五メートル程移動し、急に伸び上がったかと思ったら直立のまま海に突き刺さるように沈んでいき、今度は潜ったままもと居た所まで泳ぎ帰り、バネ仕掛けのように海面から飛び出してきます。
(続)
タグ:佐世保 少年
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