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ぎゅうにゅうⅧ [ぎゅうにゅう 創作]

 従兄弟はそう拙生に怒鳴るのでありました。
「あの人は悪か人?」
「そう。あがん悪か人間はおらんとぞ」
 従兄弟が断言します。「あいはパンパンの子供けんね」
「パンパンてなん?」
 従兄弟まで聞き慣れない言葉を口にするのでありました。
「アメリカ兵ば相手にする女のことたい」
 今はもう外国人バーで働く人達は決してそんなことはしないでしょうし、所謂接客業一般として誇りを持って働かれているのでありましょうが、当時は一部裏で、米兵相手に春を鬻ぐ商売をする人達も居たのであります。
 従兄弟は続けます。「とにかく、あいは悪か商売ばしよる女の子供で、あの歳になっても学校にも行きよらんと」
「アメリカンスクールに行きよるて云いよらしたよ」
 拙生は小声でそう紹介するのであります。
「そがんと嘘に決まっとるやろうもん」
 また怒鳴られます。
「そいばってん、英語ば話しきらすとよ」
「話しきるもんか!」
 従兄弟のこの完璧な否定に、拙生はもう言葉を重ねる気力が萎えるのでありました。
「どうせ話すて云うても、あがんヤツ等の使う英語はパンパン英語て云うて、本当の英語じゃなかと」
「パンパン英語てなん?」
「嘘の英語で、本当のアメリカ人が使う英語じゃなか英語」
「ふうん」
 拙生はぎゅうにゅうに教えてもらった日本人やアフリカ系アメリカ人、白人や混血児を意味する英語を頭の中で反芻してみます。しかし従兄弟はこれを本当の英語ではないと云うのです。日本人を意味する言葉を大いに気に入っていた拙生は、それが本物の英語ではないらしいことがとても残念でした。本当の英語とやらの方にも、その言葉があることを切に願うのでありました。
「とにかく、よかか、あがんヤツとは絶対口ばきくな。あいは前からウチの町内では有名な嫌われ者やけんがね。ずうっと町内の鼻摘み者ぞ。今度一緒に居るところば見つけてみろ、お前もひどか目に遭わせるけんね」
 従兄弟は拙生をそう恫喝するのでした。しかし拙生としてはぎゅうにゅうに大変好印象を持ったものだから、彼のことを悪者と云いつのる従兄弟の方が実は悪人なのだと密かに思うのでありました。従兄弟の悪逆な言葉には、必ず天罰が下るに違いないでしょう。
(続)
タグ:佐世保 少年
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