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ぎゅうにゅうⅦ [ぎゅうにゅう 創作]

 ぎゅうにゅうは彼が開示した指導法を順守し、拙生の頭を無理に海中へ押しこんだりなど決してしないのでありました。絶対にそう云う無体なことは自分はしないから安心しろと、拙生の肩に当てたその掌の力加減が拙生に囁いています。高校生の従兄弟の拳骨の邪悪さとはまったく違って、細心の優しさに溢れているのであります。拙生はぎゅうにゅうが指導者として全幅の信頼を置いても大丈夫な男であると確信するのでありました。ぎゅうにゅうに任せていれば、きっとこの夏の間に二十五メートルは泳げるようになるに違いありません。拙生は嬉しくて有頂天になるのでありました。
 突然、海の深い方から拙生を呼ぶ鋭い声がしました。拙生は立ちあがって声のした方に目を遣ります。高校生の従兄弟とその友達が両手を使って波を掻き分けながら、此方に近づいて来るのが見えました。
「そがん所でお前は、なんばしよっとか」
 従兄弟が拙生におらびかけます。同時に拙生のすぐ横で水音がします。ぎゅうにゅうが立ちあがったのでありました。見るとぎゅうにゅうの顔が恐怖に引き攣っているのでした。
「あ、お前は!」
 とこれは、従兄弟がぎゅうにゅうに浴びせる言葉であります。ぎゅうにゅうは出し抜けに、砂浜の方へ逃げるように走りだすのでありました。それを見た従兄弟は腰から下に絡みつく水を忌々しげに振り切りながら、こちらに全力で走り寄って来ます。
 拙生の横をすり抜けて、従兄弟はぎゅうにゅうを追おうと波打ち際まで走るのでした。しかしぎゅうにゅうの逃げ足が思ったよりも速かったようで、それ以上は追うのを諦めて、打ち寄せる波に足首を洗われながら暫らく浜辺の方を見ているだけでありました。
 従兄弟は拙生の所まで戻ってきて、いきなり拙生の頭を拳骨で軽く殴るのでありました。
「こら、お前、あがんヤツとここでなんばしよったとか」
「なあんも、しよらん。話しよっただけ」
 拙生は殴られた頭を両手で撫でながら云います。
「あがんヤツとなんの話か。あいつがどがんヤツが知っとっとか、お前は」
 従兄弟は拙生の添えた掌ごと、もう一度頭を今度は平手で叩くのでした。
「ぎゅうにゅうのこと?」
「ぎゅうにゅう?」
 従兄弟は険しい顔を拙生に近づけます。「なんかそいは?」
「あの人の名前」
「馬鹿たれ。そがん名前のあるか」
 また平手打ちを見舞われます。
「砂浜で遊んどったら、あの人の急に話しかけてこらしたと」
 拙生の声は半ば泣き声になっております。
「よかか、あがんヤツと話なんか、絶対すんな!」
(続)
タグ:佐世保 少年
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