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ぎゅうにゅうⅥ [ぎゅうにゅう 創作]

 ぎゅうにゅうはにやにやと笑うのでありました。拙生はなにやら馬鹿にされたような気がして、むきになって言葉を募らせるのであります。
「頑張れば、十メートルくらいは泳ぎきるかもしれんよ僕」
「オイが泳ぎば教えてやろうか」
 ぎゅうにゅうがそう提案します。
 実は高校生の従兄弟に海に連れてきてもらったのは、彼に泳ぎを教えてもらうのが目的であったのでありました。この夏休み中に少なくとも二十五メートルは泳げるようになりたかったので、従兄弟による特訓を受けるつもりで海について来たのであります。しかし高校生の従兄弟は一緒に来た友達と遊ぶ方を主眼にしていて、拙生はずっと放って置かれているのでありました。もっともこの従兄弟はなにかにつけ人の頭を拳骨でぽかんと殴る癖のある人間だったので、一人放って置かれる方が安穏だと云う了見も、特訓を受ける覚悟と同じくらいの斤量で拙生としては持っていたのであります。
「厳しか訓練は、僕だめよ。始めから足の立たんところで練習するとか」
「そがんことはせん。膝くらいの深さのところで、顔ば水に浸けて浮く練習がらでよかと」
「膝くらいの深さのところでよかと?」
「そう。そいの出来るようになったら、今度は足のつけ根くらいのところ。そいから臍の深さて云うごと段々深うしていけばよかと。臍より深かところは行かんでもよか。顔ば水につけて少し長う浮くごとなったら、浅か方に向かって泳ぐ練習ばすればよか」
 ぎゅうにゅうの示す練習メニューは確かに魅力的であり、嫌がる拙生を無理やり足の立たないところまで引っ張って行って、手を離して必死に足掻きもがかせるような手荒い従兄弟の特訓なんかより確実性も高いようであります。第一安心感と云う観点から、拙生には好ましい練習方法であると思われるのでありました。
「本当に、臍より深かところには行かんでよかと?」
「よか。ちゃんと泳ぎきるごとなってから、行きたかなら行けばよかと、深かところは」
 ぎゅうにゅうはあの大きな歯を見せて、頼もしげに笑っています。この貝のように大きな彼の歯が、きっと自分を二十五メートル以上泳げるようにしてくれる証のように拙生には思えるのでありました。
 拙生とぎゅうにゅうは立ちあがり海に入るのでありました。そうして拙生の膝くらいの深さのところでしゃがみ、先ずは顔を水に浸けてゆっくり数を数えるのであります。最初は十、それから二十、二十五と段々長く顔を水中に没して置く訓練であります。ぎゅうにゅうは拙生の肩に軽く掌を置いて一緒に顔を水に浸し、人差し指でノックして数を教えてくれます。三十をクリアしたら、今度は手をついて腹ばいになり、足を浮かして頭を海面から出して、こっくりする要領で顔を水に浸けます。ぎゅうにゅうは同じく拙生の肩に掌を置いて人差し指でカウント数を教えてくれます。拙生に恐怖を与えないように気を遣って、ごくごくやさしく肩に掌を置いてくれているのが拙生にも充分判るのであります。
(続)
タグ:佐世保 少年
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