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その犬の思い出Ⅲ [散歩、旅行など 雑文]

 龍光院でも犬はまったく同じ行動をするのでありました。次の塩田城跡の碑に我々が向おうとすると、他の人がくれる食い物に心が残る仕草はするものの、犬は我々の姿を見失う前にちょこまかとこちらへ駆け寄ってきて、相応の距離を保ってやはりちゃんと後ろをついてくるのです。
 塩田城跡の碑はふうんと云った感じで眺めてすぐに通り過ぎ、そのまま進んで前山寺へ着く頃には、犬は多少我々との間の距離をつめて、まあ、傍から見れば我々の連れと見てもおかしくない程の間隔で同行するのでありました。おいどこまでついてくるのだと、友人が歩きながら後ろの犬に声をかけると、犬はやはり歩きながら友人を見上げてなにか云いたげに口元を少々動かすのですが、特に声は発せず、まだ多少あどけなさの残る顔を傾げて舌をひらひら忙しげに揺すっておりました。
 前山寺を拝観して次の信濃デッサン館へ向おうと山門まで戻ってくると、どうしたものか犬の姿が門前から消えていたのであります。門を入る前は我々をそこで待っている様子でちゃんとお座りをしていたのでありますが、いったいどこへ行ったのやら。我々は心配になって犬の姿を探してみるのでありましたがどうも見当たりません。拙生と友人はなんだか拍子抜けしたような気分でしばし山門の横でつっ立っておりました。
 にわかにそう遠くない辺りで、けたたましい犬の鳴き声が聞こえてきてきたのでありました。顔を向けるとその鳴き声に追われてほうほうの態で、こちらへ必死に走ってくるあの犬が目に飛び込んできたのであります。犬は我々の傍まで走り寄ると拙生の足の間に体を滑り込ませて、荒い息遣いで鳴き声のする方を凝視しているのでありました。薄汚れた毛を逆立てて、体全体がぴりぴりと恐怖で戦慄いております。拙生の両足にぴったり体をくっつけて恐怖に震えるその心胆を拙生に伝えております。待っている間暇なものだから、その辺の家に飼われている犬にでもちょっかいを出して、その犬を怒らせて急に吠え立てられて、びっくりして逃げてきたに違いないとは友人の推察、観光客に例によって餌をたかっていたら、この辺を縄張りししている他の犬に見咎められて、追っかけられて逃げてきたのであろうとは拙生の考えであります。
 信濃デッサン館へ向う道すがらでは、犬は拙生と友人の間に体を収めて、その間隔ゼロメートル、我々からほんのちょいとも離れないと云った風情で歩くのでありました。我々はそのために歩きにくいこと夥しいのでありました。犬は面目なさそうな顔つきで拙生と友人を交互に見上げながら、尻尾を下げてそれでも多少は左右に力なく振って、こうして二人と一匹は、間隔の狭い横並びで旅路の空をゆっくり歩いて行くのでありました。
(続)
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